ベネッセ教育総合研究所
「教室の黒板」を出発点にしたeラーニング
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遠近法

スポーツのコーチングメソッド的教育のニーズ
武蔵野大学教授  ガイダンス教育研究会 矢内 秋生
環境や人の連携までマネジメントする発想

 武蔵工業大学環境情報学部は、経営という狭い概念のマネジメントにとどまらない、資源エネルギーの有効活用から地域環境の保全、人と人の連携までも対象に含む広い意味でのマネジメント能力を実践的に獲得できる場になっている。
 同学部は、エコロジカルな視点からキャンパスや建物をデザインし、カリキュラムの隅々にまで環境を意識したマネジメントの発想を盛り込んで開設された。開設後も、大学を運営していく中で活動的な教職員が一体になってISO14001の認証取得、地域連携、市あるいは企業との連携を広げていった。
 まさに歩きながら活力を生み出し、内部に注入してきた感がある。大学を、単なる専門知識を学生に伝える場に留めず、知を地域社会と共有し、学生の活動を支援し、新たなものを提案する要素にしてきた。

知のストックから脱却し、仕方、やり方を学ぶ大学へ

 「大学には知のストックがある」といわれるように、大学は知識を伝える場としては長い歴史と伝統を持っている。その知を理解し活用できる人材を育てて送り出すために、しばしば「学問の仕方を学ぶところである」ともいわれる。
 しかし大学はこの「学問の仕方」に関して、具体的な方法や戦略、戦術といった合理的学習プログラムの組織的な実践はしてこなかった。むしろ、多くの場合「学問の仕方は師の後ろ姿を見て学べ」「盗んで覚えよ」といわれ、どちらかといえば精神主義的な考え方が優位だった。
 このような従来の大学教育は企業の言葉をかりれば、社会とは別の所で特別に行う教育訓練Off JT(Off the Job Training)の場だったといえるだろう。そんな大学にもインターンシップなど学生が業務に関わりながら実践的に学ぶOJT(On the Job Training)の手法が入り始める。これが大学と社会との連携という潮流のひとつで、開かれた大学あるいはFD活動の一要素と考えられている。
 別の側面から大学の質を高め社会のニーズに応えようとする動きが、ISO9000シリーズやISO14001を取得するという大学運営の選択である。これらの典型例が武蔵工業大学環境情報学部である。
 ISO14001では、大学という事業体が環境に与える有害な負荷を減少させることをねらいとして、EMS(環境マネジメントシステム)を構築、運営しつつ、環境への影響の軽減と環境保全への貢献という社会的責任を果たそうとする。
 このようなマネジメントシステムは、PDCAサイクルを基本にしている。このサイクルは、まさに現状の把握や課題に対する改善の仕方を実践する具体的手法そのものである。
 武蔵工業大学の場合には、マネジメントシステムを大学運営の事務的効用に留めることをしなかった。一歩進めて、EMSのしくみを教育の中に積極的に取り入れて、学生に環境リスクなどに関する実践的な対応能力、言い換えれば問題改善の「仕方」を身につけさせようとしている。そしてその意図は十分に実を結んでいる。
 PDCAサイクルに代表されるマネジメント体験型の学習では、短期的な目標達成が重要視される。一方で、マネジメントのルーチンから外れる長期的な課題、時にはそこにこそ内包されている本質的な課題がネグレクトされることがある。たとえば分別収集に努めるあまり、分別しない別の処理の方がむしろ環境負担が小さいのではないかという研究的な視点が生まれにくくなる。
 また、PDCAサイクルの中で学習活動を行うことは、学生の自発的思考や行動というプロセスの変化が重視されるため、教師にはスポーツのコーチングメソッドのような能力が必要になる。しかしこのメソッドを前提とした教授法はまだ十分に提案されてはいない。教員の個性や資質、経験によって授業がばらつく恐れが大きい。今後これらの課題を、どのように克服してさらに展開するのかが楽しみな学部である。


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