ベネッセ教育総合研究所
「教室の黒板」を出発点にしたeラーニング
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遠近法

学問知の発信から「開花」のコーディネートへ
武蔵野大学教授  ガイダンス教育研究会 矢内 秋生
地域の文化・芸術の高みを再評価

 大学の通信教育にはスクーリングがつきものである。多くの大学では夏休みや冬休みなど、通学生が校舎を使わない時期をねらって教室のやりくりをする。場合によっては、施設設備や教職員の効率的な運用という見方もできる。
 学生にとってスクーリングの楽しみは、日常をしばし忘れてキャンパスの雰囲気に浸り、学究的な仲間と過ごせることである。ただし、楽しいことばかりとはいえないようだ。短期集中授業や暑さ寒さの厳しい季節に授業を受けなければならないのは苦痛である。遠方から通うことの負担も大きいかもしれない。
 京都造形芸術大学通信教育部では、そのような従来のスクーリングイメージを一新した。京都という地の利を生かして、陶芸コースでは清水焼の体験学習、ランドスケープデザインコースでは古刹での庭園造りなど、それだけでも十分に魅力的な授業を行ってきた。
 しかし、それでも全国各地に散らばっている学生にとってスクーリングに参加するというハードルは、決して低くない。地元や京都以外でももっとスクーリングが実施されればありがたいという思いは消えないはずだ。
 同大学でも学生たちから、陶磁器ならわが産地も、地域文化演習ならこの地域も取り上げてほしいという声が上がってきたという。これらの要望が、同大学の標榜する「芸術と文化による日本復興」という壮大な構想とマッチして、「芸術環境研究プログラム」が展開する。
 長野県木曾での漆塗りや関ヶ原での石彫りや福井でのガラス細工の実習、あるいは北海道でのアイヌ文化や秋田県角館での風水と建築文化の講義とフィールドワークなど、全国30カ所以上で開講されるまでになっている。
 これらの学外授業は地域文化や地域の芸術の高みを再認識、再評価することに役立つ。また授業ではしばしば、現地の文化人や芸術家などが特別講師として協力している。

在野の知を核にしてアプローチ手法を伝える

 現在、大学は学問知のストックの場から学問知の発信の場に変わり、産学連携、地域貢献などが積極的になされている。このように大学の社会的機能が大きく変化している中、同大学の学外スクーリングの拡大と展開、活性度の深まりを見ていると、さらにその先の大学像を見る思いがする。
 すでに大学を卒業した人が、学んだ分野の興味・関心を広げようとしたり、自分の専門とは異系列の分野を生きた教養として学ぶなど、今や本格的な生涯学習社会が始まっている。そこでは、大学は、単に高いところから低いところに「知」を啓蒙するというだけで役割を果たすことは難しくなるだろう。
 インターネットを含む多様なメディアによる最新の知識や情報が一層日常化すると、大学が提供する学問的な知は新鮮味を失うことになりかねない。
 芸術や文化に限れば、学生は評価の定まったスタンダードな作品や事例の紹介ばかりを求めているわけではないはずだ。地域芸術や地域文化の価値を再評価するような、全く新しい刺激に満ちた学びや学問知も期待している。
 とはいっても、全ての大学がこうした知的探究心に応え続けることができるとは思えない。新しい学問知をストックするには長い時間がかかるからだ。
 むしろこれからの大学には、学問知の発信の場という機能ではなく、学問的アプローチを身につけた人材(大学教員)が「学問的アプローチを地域に提供し、開花させる」という機能こそが求められるのだろう。
 このような認識に立てば、同大学の学外スクーリングの展開は、「在野の知を核にして、学問的なアプローチの手法を地域に提供する役目を果たし始めている」と見ることができる。
 つまり、各地のスクーリング拠点で地域の学問知を開花させながら、それらの連携の糸をコーディネートしていく。情報論でいう自立分散型ネットワークを形成し、各拠点から活力を得る新しい大学の姿が見える。


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