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大学の地域サービスが「善意のエンジニア」を育てる |
武蔵野大学教授 ガイダンス教育研究会 矢内 秋生 |
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伝える立場になって初めて分かる自分の力
10年以上続き、約7000人もの学外者が訪れる「大学の先生と楽しむ理科教室」は、迎える側の大学も周到な準備のもとで組織的に対応しなければならない。また、各コーナーを担当する学生たちは、このときのために相当多くの時間とエネルギーを費やし、努力や工夫を重ねることは想像に難くない。
彼らには、専門的な実験や工作のプロセスを小学生でもわかるくらいのやさしいレベルまで落とし込んで説明することが求められる。これはよほど周辺知識の裏づけがなければできないだろう。その努力を重ねた結果、学生たちは専門分野の魅力の再発見や、学んでいることに対する自信や誇りなど様々な手応えを感じ取っているようだ。
この催しの最も具体的な教育的効果は、テーマとする実験から導き出される知識を教えたり、実験道具の使い方を説明する体験を通して、さらにしっかりした幅広い専門知識の修得に結びつくことだろう。
言い古された言葉だが、「教えることがよい勉強になる」ということの具体例がここにある。
大学のファンを増やし、学生募集にも効果
「大学の先生と楽しむ理科教室」のために大学が計上する事業予算は2000万円あまり。しかし、教員や学生が準備や運営に費やす時間も人件費として見積もれば、この倍くらいの予算が必要になるはずだ。仮に採算性を重視するなら、参加費として一人あたり5000円は徴収しないといけないことになるだろう。
これだけの地域サービスを無償で提供することは、大学経営が厳しい今の時代になかなかできることではない。しかしその効果をみると「地域貢献事業」というだけにとどまらない。
例えば、このイベントを、保護者も含めた工学院大学のファンづくりの一環として捉えてみると、参加した小中学生が大学受験を迎える3〜9年後における学生募集の効果は計り知れない。
また、学生への教育的効果についても、「さらにしっかりした幅広い専門知識を修得する」ということは、学習意欲が高まり、成績が上がるといった成果だけではない。
相手にわかりやすく説明する能力、安全に実験するための知識や技術、議論を通して課題を解決していく能力、応用分野への展開能力なども身につく。
ユーザーオリエンテッドなものづくりを身につける
ものづくりだけに関わってきた従来型のエンジニアは、自分の作った製品がユーザーにどのように受け入れられるか、保守・点検というサービス以外に何が求められているか、製品の普及が社会にどのような影響をもたらすのか、といったことは考える必要がなかった。
しかし、これからのエンジニアは従来とは違う能力を求められている。製品をつくる段階から流通過程、ユーザーの使用時はもちろん、廃棄するときまで、環境をはじめ社会や人など周囲への影響やリスクを予測する能力が求められている。
従来型のエンジニアを育成するのであれば、良い製品を作るためのスキル・能力の習得が目的だったので、既存のカリキュラムで対応できた。しかし材料費や価格に置き換えられない価値を知り、人や環境への配慮が行き届いたものづくりができる人材の育成は、知識伝達型の大学教育では限界がありそうだ。
「大学の先生と楽しむ理科教室」を体験した学生たちは、専門分野の要素から、ときには「子ども向けの遊びを考え出す」といったところまで発想の転換をするという。このくらい柔軟な思考は、例えば安全性に配慮したものづくり、「ユーザーオリエンテッドなものづくり」に役立つ。このような手法と意識を身につけたエンジニアは「善意のエンジニア」と呼べるだろう。
経済的な価値以外のもう一つの価値の存在に気づき、体得していくプログラム、善意のエンジニアの育成が、工学院大学の「大学の先生と楽しむ理科教室」という地域貢献事業ではなかろうか。 |
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