初年次教育を導入する際に必要な条件の第一は、その大学で、なぜ初年次教育が必要であるかを、いかに教員に実感し、納得してもらうかである。初年次教育についての講演を聞いた人や、雑誌・書籍などで関心を持った人が、学内で初年次教育の必要性を説き、運良く大学執行部がその必要性を認めたとしても、いかにして学内で導入を実現するかという課題の解決は簡単ではない。
　教職員の気づきのためには、ＦＤやＳＤを活用しなければならないが、問題はその方法である。講演をするにしても、タイミング、内容、講師の人選などが重要になる。初年次教育については、学問としての専門家がいるわけではない。高等教育研究者の一部、自ら初年次教育の企画・実践をしてきた実践的コーディネーターなどが担い手になる。
　筆者にこの種の依頼をする大学の中には、すべて筆者に任せるというタイプと、自学のパンフレットなどの資料だけではなく、大学が抱えている問題、大学の目標、基礎となる学生実態調査や満足度調査などの結果といった諸資料を持参されるタイプの両方がある。後者のタイプの大学は、すべてではないが、その後の展開が早い。
　このような大学には、高等教育の改革について熱心に情報を集めて、自ら取り組んでいるコアになる教職員が必ずいる。彼らはネットや雑誌を通じての情報だけでなく、初年次教育学会、大学教育学会、日本高等教育学会等の関係学会や、コンソーシアムや各大学のＧＰフォーラムなどに出席して、生の情報を集めている。こうしたコアメンバーとなる教職員を育てることが、初年次教育導入の第一歩ではないだろうか。
　関西にある某大手私立大学が教育改革で注目される前、中堅・若手職員がさまざまな学会やシンポジウムに複数で参加していたことを思い出す。まず、コアメンバーをコーディネーターとして育成し、大学の現状や課題に即した情報を集めて、学内で起案することが必要条件であろう。
　また、ＦＤやＳＤの講師は教職員に対する“外圧”であるから、単に知名度があるだけではなく、その大学の状況を理解でき、継続的に助言したり相談に乗ったりできる人、そして、一方的に話をするだけでなく双方向的なワークショップ・スタイルでかかわれる人が望ましい。初年次教育自体が「アクティブラーニング」と呼ばれる参加型授業の要素を多く持つので、そうした方法を伝えるには、実践できる人が適任であろう。
　ＦＤやＳＤにあたっては、いかに出席率を上げるかが鍵である。学外での各種フォーラムやシンポジウム、学会等への参加は教職員個人の関心に基づくもので、出席者の意欲は高い場合が多い。これに比べると、学内で行われるＦＤやＳＤに出席することに意欲的でない教職員も少なくない。
　しかし、学内で一定の戦略的な教育改革をするための第一歩として認識の共有を図るためには、ＦＤ・ＳＤの出席率を上げることは必要条件である。出席率が１割や２割では、状況認識はばらばらのままである。出席率が低ければ録画しておいて、欠席した教職員に見てもらうくらいの工夫をしないと、組織内での認識の共有は図れない。
　今が良い状態なのか、何が問題なのか、なぜそのような問題が起きているのか。こうした問題の共有ができなければ、「学長などのトップが悪い」「学部長がリーダーシップに欠ける」「学生の能力が低い」「大学の立地条件が悪い」といった“責任の外在化（悪いのは自分ではない）”が起こるため、問題の本質をとらえられず、初年次教育を導入しても実効が上がりにくいであろう。
　トップダウンの方法もあるだろうが、アメリカに目を向けると、さまざまな工夫により能動的な参加を引き出そうとしている。ＦＤ・ＳＤに出席する教職員に手当を支給したり、快適な環境や適度な休憩、おいしい食事を提供したり、という具合である。こうした発想を導入することも必要なのかもしれない。