IR 数値はこう読み解く

秦敬治

はた・けいじ

私立大学で財務担当職員を20年間経験し、2006年、愛媛大学に赴任。経営情報分析室員、財務専門委員会委員、リーダーズ・スクール責任教員等を兼務。教育学博士。専門は教育経営学(高等教育経営)。

Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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IR 数値はこう読み解く
愛媛大学教育・学生支援機構 教育企画室副室長・准教授  秦敬治

第2回 就職率

「就職率100%」=学生の“幸福率”か?

学生の「出口データ」として、就職率がよく利用される。
確かに大学の“力”を比較するうえで一定の意味を持つ数値といえる。
しかし、望みどおりの就職かを見る「本意進路率」まで踏み込むと、就職率の高さを手放しに喜べない大学も出てきそうである。

出口データは就職率だけでは不十分

 就職率は、就職希望学生のうち卒業までに就職が決定している学生の割合であるが、果たして、これだけで出口データといえるであろうか。広い視野で学生の進路を把握するために、大学院、専門学校、留学などの進学も含めた「進路決定率」を算出し、データ分析を行う必要があろう。就職率は、進路決定率の内訳として利用するのが妥当である。
 キャリア支援、就職支援に関与する教職員や研究者の間では以前から強くいわれていることであるが、出口データとして、どうしても就職率の利用が一般的になりがちであることは否定できない。その理由について深く追究してはいないが、文系を中心に大学を卒業してすぐ就職する人が多い日本型社会システムや、大学像の変化(エリート→マス→ユニバーサル・アクセス)との関係もあると考えられる。
 前号の「退学率」と同様、出口データで重要なのは、進路決定者について、「本意進路率」と「不本意進路率」を明らかにすることである。
「就職が決まらないから仕方なく大学院に進学する」「就職したくない企業(業種、地域)だが、就職浪人したくないのでやむを得ない」といったような学生と、望みどおりの就職・進学を決定した学生とを同じようにデータ化するのは、的確な分析とはいえない。
 本人が希望した進路へ進むことができているかどうかの分析は、教育改善に非常に大きな役割を果たすと思われる。だが、このようなデータの集計・分析を行い、公表している大学はほとんど見受けられない。なぜであろうか。筆者が考えるには、就職率のデータ集計・分析・公表は、大学にとって、高校や社会に対するアピール材料としての要素が強く、学生の本意進路決定や将来の目標実現のための教育活動およびサポート体制等の改善を主眼としているわけではないからであろう。
 就職率の高さに反して本意就職率が低い大学を、本当に「就職に強い大学」と呼べるのであろうか? また、就職率を上げるためだけの就職支援は、本来の学生支援なのだろうか? このような点をふまえると、学生の成長や将来の活躍を「建学の精神」や「大学の理念」として掲げている大学では、本意進路決定に関するデータの収集・分析を行い、教育活動やサポート体制等の改善に生かすことが、今後、不可欠となるであろう。そして、このデータこそが、高校生(受験生)とその保護者、社会が求めているものに違いない。
 しかし、このデータを公表するには、勇気が必要な大学もあろう。その場合は、教育プログラム等の改革・改善に利用することから始めても全く問題はない。その後、本意進路率をアピールできるようになった段階で、公表すればよいのである。この本意進路率に関するデータ収集は、現行の就職決定や進路決定に関するデータ収集項目に、多少の項目を加えるだけで十分、対応が可能であるため、新たなコストや労力を必要としない。


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