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安西祐一郎

あんざい・ゆういちろう

1974年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。カーネギーメロン大学客員助教授、北海道大学助教授などを経て1988年慶應義塾大学教授、1993年理工学部長。2001年〜2009年慶應義塾長。中央教育審議会大学分科会会長。

Between(株)進研アドが発刊する高等教育のオピニオン情報誌
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[テーマ1] 環境変化を競争力の源泉に

オピニオン 1

機能別分化による自己改革の成否が決める
伸びる大学・足踏みする大学・退場する大学


慶應義塾学事顧問・慶應義塾大学教授 安西祐一郎

学生本意の自己改革の手段である大学自治

 大学の理事長・学長を退任して、広い視野で大学の世界を眺められるようになり、あらためていくつかのことに気づいた。
  中でも大きな発見は、企業などに比べると、大学は手厚すぎるぐらい手厚い保護を国から受けている、ということだ。いったん認可された大学は、学校教育法、私立学校法、国立大学法人法などの法律、財政支援や学生支援、その他多くの大学支援のしくみによって、よほどの事情がない限り持続可能になっている。
  これらの法律や支援のしくみが整備されているのは、教育を世間の荒波から守り、人間形成や知識の修得が安定的にできるようにするためであろう。しかし、ぬるま湯も度が過ぎては、中にいる人間は腐ってくる。大学関係者は、例えば、学生にとって最も必要な学習環境を提供することに真に努力している、全国津々浦々で額に汗して働く人々よりもずっと努力している、と胸を張って言えるだろうか。「言える」と答えられる人がたくさんいることはよく知っているが、そうでない人も現実には多いのではないだろうか。
  大学自治は、教育と学問を守るためだけにあるのではない。自らリスクを負って学生のため、学問のために自己変革を進める手段として、大学が享受しているものである。
  1998年の大学審議会答申(いわゆる21世紀答申)、2005年の中央教育審議会答申(いわゆる将来像答申)には、大学関係者への要求と思い込んでしまいそうな文言がかなりある。大学は、こうした答申を参考にするにしても、文部科学省の圧力ではなく、自治を基礎として、未来への舵を取らなければならない。


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