未来をつくる大学の研究室 蚊の生態や感染のしくみを解明し感染症の予防・治療につなげる
VIEW21[高校版] 新しい進路指導のパートナー
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研究の目的
基礎研究による 蚊の生態の解明が 予防につながる

 私が蚊を研究テーマに選んだのは、研究者が少ないために明らかになっていない部分が大きく、かつ自分が興味を持ったからです。
 実は、大学では獣医学科に、大学院では医学系の研究室に所属し、蚊とは異なる分野の研究をしていました。一人前の研究者になるまではすべてが勉強だと思い、さまざまな分野の研究者の下で研究手法や物事の考え方を吸収してきました。
 研究者としての素地を培う中で、最も影響を受けたのは「基礎研究を大切にする」という姿勢です。
 私の研究テーマは「蚊の生態の解明」であって、「感染症(※2)の予防」ではありません。例えば、蚊が人間に寄らない方法を考えようとしても、「寄る仕組み」が分からないのに寄らないようにすることはできません。更に、予防という目的ばかりを考えると、予防に必要のないことは切り捨ててしまいがちです。蚊の真の姿を見ずに、真の予防法など見つかるはずがありません。基礎研究をしっかりとし、蚊の生態を解明することこそが、予防にも治療にもつながると考えています。
 これまでにも、ある研究生の興味から出発した実験によって、予防法構築につながるような蚊の生態が分かってきています。それは、「蚊はどこで熱を感知するのか」ということです。触覚や足など、それぞれ体の一部を切除した蚊を熱源のある装置に入れ、熱源に接触した回数を赤外線センサーで数えるという実験をしました。すると、「口」を切除した蚊は、熱源に全く近寄らなかったのです。動物を使って同様の実験をしたところ、同じように、口を切除した蚊だけが動物に寄っていきませんでした。この実験で、蚊は口で熱を感知してターゲットに近づくことが分かりました。
 では、蚊はどのようにして動物の種類を見分けているのでしょうか。次の研究テーマの一つです。蚊は約2500種いるといわれていますが、そのすべてが人間の血を吸うわけではありません。ウシだけ、ウサギだけ、イヌだけと種類によって好みがあります。動物の体温は38〜39度と人間よりやや高めですが、蚊が1、2度の差を感知しているようには思えません。ターゲットを見分ける熱以外の「何か」があると考えています。
 更に興味深いことに、蚊は環境に応じて好みを変えられます。ウサギの血しか吸わない蚊をネズミしかいない環境に置くと、その5世代後の蚊は、ウサギの血しか吸わなかった蚊の子孫にもかかわらず、ネズミの血しか吸わなくなるのです。「獲得形質の遺伝(※3)」といわれる現象で、今後、解明していきたいテーマです。

写真
写真1 専用の装置で環境を管理しながら、実験に使う蚊を飼育している
用語解説
※2 感染症 寄生虫や細菌、ウイルスなどの病原体が体に入り込むことによって生じる病気のこと。感染の方法は、唾液や血液など体液の付着、蚊のような吸血節足動物による媒介など、さまざまである。
※3 獲得形質の遺伝 親が生まれつき持っていた体の性質ではなく、成長過程で獲得した性質が、子に遺伝するということ。遺伝子レベルではあり得ないこととされている。例えば、事故で足を失った人の子どもが生まれつき足がないということは、遺伝上あり得ないからだ。

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