第4回学習基本調査報告書・国内調査 小学生版
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はじめに

 お茶の水女子大学 教授  耳塚 寛明

  学習基本調査は今回で第4回目を迎えます。
 私たちがこの調査の設計をはじめたのは、臨時教育審議会が幕を閉じた少し後のことでした。共通一次試験が大学入試センター試験(1990年)へと姿を変えたのもその頃です。受験競争の弊害が叫ばれ詰め込み教育が問題視されていました。子どもたちの問題が出てくると、試験地獄の中で子どもたちが悲鳴を上げているのだと解釈されていた時代です。学校週5日制もまだ導入されていません。教育界は“ゆとり教育”を待望していました。第1回調査は1990年に実施されました。

 それから十数年。それまで不易と考えられてきた日本の教育システムは、音を立てて動きました。未曾有の変動を教育界は経験したといってよいかもしれません。識者の中には、1990年代の教育界を日本経済になぞらえて、「失われた教育の10年」と呼ぶ人もいます。1992年学校週5日制の導入(第2土曜日が休み)、1993年業者テストの追放、1995年第2・第4土曜日が休み、1996年には「生きる力」の育成と「ゆとり」の確保を目指した中央教育審議会答申が出され、それを具体化した学習指導要領(小・中学校1998年、高等学校1999年)が告示されます。授業時数の大幅削減と教育内容の厳選、「総合的な学習の時間」の導入は、この告示の中で示されたことです。本調査の第2回(1996年)、第3回(2001年)が実施されたのはこの時期のことです。

 新学習指導要領は2002年に小・中学校で、翌年から高校で実施されました。同時に完全学校週5日制もはじまります。しかし、その導入の前からすでに新学習指導要領への批判が高まっていました。高等教育関係者からわき上がった学力低下への懸念の声は、メディアや世論をも席巻する勢いでした。文部科学省(以下、文科省)は2002年に『学びのすすめ』を公表して、ゆとりから脱ゆとりへと、舵を切り始めました。文科省自身は当初躍起になって否定をしていましたが、確かな学力への路線転換がどれだけ現場を動かすものであったのかは、読者の皆様がご存じのとおりです。
 学校は、保護者の不安と期待を受けて学力向上対策に追われます。実際にも、子どもたちに対する基礎的技能の指導や家庭学習指導に、格段の力が入れられるようになりました。わかりやすさを目指して薄くなる一方だった教科書にも、厚さが戻りはじめました。

 他方で、政治に由来する格差社会進展への懸念も、続々と表明されるようになっています。教育は子どもたちの発達を促し、それを支援する営みではありますが、人々の将来の職業や地位を決定づける重要な要因でもあります。ですから、格差社会の形成と深化に学校教育の動向は無縁ではありません。それどころか、親の学歴や所得による子どもの学力や教育機会の格差が、「教育格差」という言葉によってしきりに告発されるようになりました。大都市圏では、高学歴ホワイトカラー層を中心に、公立学校から私学への脱出が無視できない規模で広がろうとしています。
 第4回調査を実施した2006年は、こういう変動のまっただ中にあります。

 まだ十数年の間に過ぎませんが、第1回から第4回に至る調査結果を眺めていると、そこには子どもの学習行動と意識の変容がくっきりと映し出されているように思われます。とりわけ今回の第4回調査を終えて見えてきたのは、脱受験競争時代の、そして脱ゆとり路線のもとでの、子どもたちの変化です。さらにいえば、データが浮かび上がらせているのは、“子どもの学習”の変化だけではありません。私たちの社会がいったいどこに向かって進んでいこうとしているのかも、見えてくるような気がします。この意味で、子どもたちの学びの姿は、将来の社会の行方を映し出す鏡でもあります。
 学習基本調査は、子どもの学習を被写体に、スナップショットを撮影し続けようと思います。スナップショットは時代の記憶です。

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