学習基本調査・国際6都市調査報告書
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  ソウルの小学校を訪問して

西島 央(東京大学助教)
   私たちが訪問した初等学校の校門のはす向かいに建つビルの外壁には、「学院(ハゴン)」とよばれる塾の大きな垂れ幕広告がかかっていた。それは、しばらく前に全国規模で行われた数学※1の実力試験で優秀な成績を収めた児童の顔写真と名前入りの広告だった。
 韓国の教育といえば、大学進学率が80%を超える高学歴社会で、階層によらない大学進学志向がある。中学や高校への進学は抽選などによって振り分けられることから、大学入試が唯一の実力による競争の場となるため、かえって初等学校からみえざるしかし激しい受験競争をしているというイメージがあった。
 だから、学院の顔写真入りの広告は、韓国の激しい受験競争を確信させるものにみえた。さらに、校門の上の横断幕や校庭の石碑や校舎の随所にポスターで掲げられたさまざまな標語や校訓、子どもを送りに来た保護者の姿が、「競争を勝ち抜くために、規律正しく熱心に勉強している韓国の子どもたち」というイメージをますます強固なものにさせた。
 しかし、いざ授業を見学させてもらうと、その確信もイメージも一瞬にして崩れ去った。
 訪問した初等学校は、東京でいえばいわゆる下町に位置し、ソウル近辺でももっとも大きい小学校なので、特殊な事情があったかもしれない。しかし、1クラス40名からなる大人数での一斉授業形式で行われている授業中に、何の断りもなく教室の中を立ち歩く児童、勝手にトイレに出て行く児童、内職をしている児童、挙げ句の果てに、教師の目の前で堂々と飲み物を飲んでいる児童※2までいたのである。その様子は、日本の“学級崩壊”と同様のものに感じられたが、韓国でもそれを“教育崩壊”と呼んでいるそうだ。
 また、ソウルの子どもたちは、放課後になると、低学年ならテコンドーやピアノを中心に、高学年になると学習系の学院を中心に、毎日いくつもの塾や習い事をはしごしているという。学院の授業の様子を少し見学させていただいたところ、たしかに学校の授業中よりはまじめに勉強に取り組んでいる。しかし、日本の中学受験を経験した者からすれば、広告とは裏腹に、補習塾の雰囲気が否めないものだった。多くの児童がほぼ毎日塾や習い事に通う姿は、激しい受験競争の表れというよりは、共働き家庭などで帰りの遅い保護者が多く、子どもに早く帰ってこられても困ってしまうという社会構造上の問題の表れなのではないだろうか。つまり、ソウルの子どもたちの塾や習い事通いは、日本の学童保育や部活動のようなものなのではないかと感じたのである。
 そのような実感をもって、表から国際6都市調査の結果を改めて振り返ってみよう。ソウルの児童の通塾率は72.9%で、もちろんこの数値も高いが、週5〜7日も通塾している児童がそのうちの73.0%にものぼっており、他の都市と比べても、毎日せっせと塾に通っている様子がうかがえる。また、「今は勉強することが一番大切なことだ」と勉強の必要性を認識している児童も71.2%と、非常に高くなっている。ところが、「家族に言われなくても自分から進んで勉強する」「机に向かったら、すぐに勉強にとりかかる」(いずれも「あてはまる」の%)といった実際に勉強に取り組む姿勢は、6都市の中で一番低い。その背景の1つには、「何のために勉強しているのかわからない」と思っている児童が16.8%と、6都市で一番多くいることがあげられる。では、彼らはなぜ塾に通い、勉強が必要だと思っているのだろうか。「親の期待が大きすぎる」と思っている児童が56.5%もいて、この数値は6都市の中でずば抜けて高い。つまり、なぜ勉強しなければいけないかはわからないけれど、親から勉強するようにいわれるから、勉強することが必要なのだろうと思って塾に通っている、というのが、ソウルの子どもたちの勉強事情なのではないだろうか。

※ 1 韓国では「算数」ではなく、「数学」としている。
※ 2 インタビューによれば、水筒などを用意して授業中に飲むことは認められている。
表 通塾状況と勉強に対するかまえ
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