東京大学共同研究「学校教育に対する保護者の意識調査2008」
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 ◆分析編◆

 第2章 子どもを学力別に差異化することに対する保護者の意識とその変化

シム チュン キャット(東京大学大学院)



 習熟度別指導の実施に関してほとんどの保護者が賛成するものの、「理解の早い子どもにはさらに高いレベルの学習をさせる」という項目については賛否が分かれ、保護者の学歴が高くなるにつれ、賛成率も高くなる傾向が見られた。多くの親は、前者が子どもの差異化に結びつかないのに対し、後者は差異化につながると考えているようである。さらに、子どもを学力別に差異化することに賛成するかどうかを考えるうえで、子どもの学校での成績が重要な指標となっていることが明らかになった。そしてこの傾向は、東京都などの県庁所在地に住み、子どもの学業成績が上のほうで、かつ父親も母親も大卒であるという「教育家族」の場合においてより顕著に表れる。加えて、このような「教育家族」が普通の公立学校から離れていく可能性が高く、優秀な子どもが公立学校から逃げ出すという「ブライト・フライト」現象が今回の調査からも確認できた。


 1.はじめに

 筆者が生まれ育ったシンガポールでは、小学校から高校までの各学校段階で子どもを異なる学習コースに学力別にふるい分ける政策を長年取ってきたためか、習熟度別指導などの指導形態に対してさほどナーバスにはならないようである。個々の子どもの能力や適性などがそもそも異なるという認識から、子どもを習熟度や学力別に分化させて授業を行うことが、学習の効果や効率を高めるだけでなく、同じクラスで異質な能力をもつ子どもたちに対応する必要がないゆえに、教師の指導をもより能率的にさせる、という考え方がシンガポールでは主流なのである。それに比べて日本では、習熟度別指導などの指導方法が能力別の差別・選別教育につながる恐れがあることから、その実施については賛否両論であり、一部の教師や教育学者の反応も実に熱い(佐藤2004など)。子どもの差異化に対して比較的寛容である多くのシンガポール人には、習熟度別指導をめぐる日本での熱い議論が少し不思議に映るに違いない。

 しかし、賛成するかしないかは別として、習熟度別指導が日本の小中学校でも急速に普及していることは否めない事実である。2003年の文部科学省の「公立小・中学校教育課程編成・実施状況調査」によれば、「理解や習熟の程度に応じた指導を実施」している小学校は74%、中学校は67%にまで達していた。2003年にすでにこの数字であったから、学力重視の傾向が強くみられる昨今においては、子どもの理解の程度に応じた指導がよりいっそう学校現場に浸透していると考えられる。

 ところで、日本の習熟度別指導の実施に関して、一般のシンガポール人にはきっと不思議に映るものがもう1つある。それは子どもの習熟の程度に応じて編成されたそれぞれのコースのネーミングである。日本では保護者や子どもへの心理的な影響を考慮してか、習熟度別に設けられた学習コースのネーミングが多くの場合において曖昧であると同時に、非常に創意に富んでいると言わざるを得ない。「じっくりコース」「どんどんコース」や「ゆっくりコース」「行け行けコース」など学習のペースを端的に表す名称もあれば、「ハイキングコース」「登山コース」や「うさぎコース」「亀コース」などのように子どもに馴染みの深い表現が使われることも多い。いずれにせよ、習熟度別指導が広まりつつあるなか、日本の学校では子どもを学力別に差異化することの現実をオブラートに包み、曖昧にする傾向が見受けられる。

 一方、習熟度別指導について学校に子どもを通わせている保護者たちはどのように考えているのか。ベネッセ未来教育センターと朝日新聞社が共同で実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」(2004年)によれば、「習熟度(子どもの理解の程度)に応じた授業の実施」について「賛成」もしくは「どちらかといえば賛成」と回答した保護者は、なんと全体の8割を超えていた。習熟度別指導の実施について、日本の保護者のほとんどは意外に反対しないことがうかがえる。ただし、この結果から子どもを学力別に差異化することに対して日本の保護者の多くが抵抗感を示さないと結論づけるのは早計である。なぜなら、習熟度別指導の形態と方法が多種多様であるうえ、たとえば「うさぎコース」「亀コース」のようなネーミングからもわかるように、習熟度別指導において学習のペース(うさぎもしくは亀が走るペース)こそ違え、学習のゴール(目指せ!あの丘の上の木!)は同じであると考え、習熟度別指導が必ずしも結果的に子どもの差異化につながらないと多くの保護者たちは思っているかもしれないからである。そしてこの点について考察することが本報告の目的の1つなのである。

 また、前述した調査から4年以上経ち、子どもの学力向上が声高くうたわれている現在において、子どもの理解の程度に応じて異なるペースで学習させることへの保護者たちの意識はどのように変わったのか。さらに、子どもを学力別に差異化することに対してどのような保護者が抵抗感を示し、どのような保護者が示さないのか。これらの問いを解明するためにも、最新の結果を踏まえ、分析のメスを入れなければならない。そこで本報告では、同じくベネッセ教育研究開発センターと朝日新聞社が共同で行った「学校教育に対する保護者の意識調査2008」のデータを用いて、前述の2004年の調査結果との比較を交えながら、子どもの差異化に対して賛成派または反対派の保護者のプロフィールを探り、保護者の意識の変化を検討していきたい。

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