東京大学共同研究「学校教育に対する保護者の意識調査2008」
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 ◆分析編◆

 第5章 母親による進学期待の決定要因
      マルチレベル分析による検討

中澤 渉(東洋大学)



 本稿は、マルチレベル・ロジットモデルによって、母親の子どもに対する大学進学期待を決定する要因を探ろうと試みたものである。従来の進学決定行動モデルは、階層変数を重視してきたが、なぜ階層という属性が規定力をもつのか、十分な説明がなされたとはいえなかった。親の子に対する進学期待や態度自体が階層的要因によって異なるならば、階層が重要な変数となる理由の有力な根拠となる。また学校組織や環境要因を重視するなら、データの構造に見合った分析手法が採用されるべきである。その点に注意して分析を行った結果、男子、両親が高等教育を受けていること、経済的ゆとりがあること、子どもの成績がよいことが進学期待を高め、子どもの数が多いと進学期待が低くなることがわかった。また東京都区内にある学校や、母親の学歴が高い学校では、進学期待が高く、また学校における進学熱の強さが、個人への効果に影響を与えることも明らかになった。


 1.はじめに

 本稿の目的は、母親による子どもに対する進学期待が、(1)属性、いわゆる社会経済要因や子どもの成績・性によって強く規定されるのか、(2)環境的要因、特に子どもの通う学校の地域的な性格や学校の特徴によって強く規定されるのか、(3)属性と社会的要因による交互作用は存在するのか、といった課題について検討することにある。

 日本の学校は、国際比較の見地からすれば(特にアメリカなどと比較すると)、期待される役割、機能が多義的で曖昧である。つまり、単なる知識や技能を身につける機関に特化しているわけではなく、生活全般に渡る指導が行われる。これは、生活態度などが学業成績とも何らかの関連があると考える、広く教育の世界に浸透している考え方に基づくものであるが、日本の教師集団は、何か問題が起これば、それが学校外の日常生活のことであっても、できるだけのケアを行うべく対処してきた(恒吉2008)。こういった指導が、日本において相対的に低学力の児童生徒を生み出さないように機能してきたともいえるが、一方で、学校が過剰な期待や役割を負わされてきた、とみることも可能である。何らかの事件が起こったときに、しばしば過度の学校批判がマスコミを中心になされてきたのは、その一つの表れでもある。そのような中、文部科学省(旧文部省)は、学校と家庭の関係について、大きな政策的転換をはかってきた。1991年の中央教育審議会(以下、中教審)第29回答申でも、既に学校機能の肥大化、家庭役割の見直し、ということがよびかけられているが、1996〜7年の中教審答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」では、さらに家庭や地域社会の役割が強調され、いわゆる「ゆとり」教育によって、「生きる力」を身につけることの重要性が指摘されてきた。その後、様々な少年犯罪の発生もあって「心の教育」が推進され、「家庭教育」が重視されるにいたるのである。

 確かに、学校が負わされている責任や役割はあまりに肥大化しており、それゆえに生じている問題も多い。したがって、このような言説が発生するにいたる背景は、理解できないわけではない。しかし、安易にこれまで学校教育が担っていた一部の機能を家庭に還元するのは、結果的には家庭的な背景による教育達成の差を固定化、拡大化させることにつながりかねない、という危険性をはらむ(藤田1997; 藤田2005)。

 もとより、教育機会の不平等は、どの社会においても観察されている(Shavit and Blossfeldeds. 1993)(1)。このような進学機会の格差が生じるのは、経済的な問題によるとする経済格差原因論、あるいは親の価値観や考え方の内面化とその実現、といった社会化論などが考えられる。特に後者は、教育に対する熱心さや、教育の機能(社会的意義)に対する理解度が、親の学歴と相関関係にあり、それゆえ高い学歴の親をもつ子どもは、その価値を内面化することで、結果としてインセンティヴが維持され、同様に高い教育達成を果たすことが可能になる、と説明できる。

 ところで、日本では、このところ、格差論が喧しい。格差の拡大、固定化、という「議論」は、世界の趨勢の中にあってやや特殊な動きであるといえる(2)。実際は、格差が固定化しているか、拡大化しているのか、といったことは、論者の設定する基準、方法などが様々なので、必ずしも一定の同意を得ているわけではない。ただし、日本の教育における上記のような「家庭回帰」の傾向には、そういった風潮と併せて注意を払っておく必要がある。そこで、本稿では、社会化モデルの重要性を前提として、親による教育期待が、どのような要因によって規定されるのかを推定したい。なぜ親(本稿では、後述するように、技術的な問題から、母親に限定する)に着目するのか、その意味や研究上の位置づけを整理した上で、分析モデルの枠組みを説明し、その後結果を提示したい。


(1)高等教育への進学決定行動については、最新の国際比較研究によれば、全体としては格差が縮小している傾向があるようである(Shavit, Arum, and Gamoran eds. 2007)。ただしそれでも、格差が全面的に消滅したわけではない。

(2)日本社会学会第81回大会におけるシンポジウム(2008年11月24日、東北大学)、石田浩『世代間社会移動と「格差社会」――「格差社会」の議論との関連を読み解く』の報告による。

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