東京大学共同研究「学校教育に対する保護者の意識調査2008」
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 ◆分析編◆

 第6章 教育熱心の過剰と学校不信

荒牧 草平(群馬大学)



 階層的に恵まれた家庭の子どもほど高学歴を得る傾向にあるのはなぜだろうか。子どもの教育に対する親の熱心さは、これを解明する1つの鍵と考えられる。ただし、「階層→教育熱心→学校外教育利用や中学受験→教育達成」といった、一次元的で一方向的な因果連鎖の枠組みでは、現実の複雑な関連性を捉えられない可能性がある。そこで、探索的な分析手法である多重対応分析(MCA)を用いて、教育熱心の構造や諸要因との関連を解明するよう試みた。分析の結果、1)親の教育熱心さは「一般的」なものと「受験教育に特化」したものの二次元によってほぼ捉えられること、2)一般的な教育熱心は親の階層的背景や子どもの学力と強く関連すること、3)中学受験などに向かう過剰とも言える教育熱心さは、階層や子どもの学力によって規定されるのではなく、平等主義的な学校教育や教師に対する不信や不満と強く関連すること、等が明らかとなった。


 1.研究の背景と問題関心

1.1 背景

 近年の日本社会は格差社会であると言われる。いわゆる「勝ち組」と「負け組」への二極分化が進行している、という見方が示されることも多い。高い学歴を得たからといって何も保証が得られるわけではないが、子どもの将来を案じる親たちが教育に熱を入れるのも仕方のないことかもしれない。子どもの教育に成功する方法を謳った雑誌が相次いで発刊されているのは、こうした世相を反映していよう。もちろん、これらの情報が逆に人々の不安感を煽っている面も否めない。幼児向けの知能開発や英会話等の教材や教室はますます盛んになり、乳児への正しい教育方法を説く書物さえ多数出版されている。

 しかし、もう少し距離をおいて眺めれば、すべての家庭がこうした風潮に同調した行動をとっているわけではない。むしろ、そのように語られ得るのは、一部の教育熱心な家庭に限られると言えるかもしれない。もちろん、どちらの道を選択するにせよ、各家庭が自分たちの考え方にしたがって行動しているのであれば、外部の者がとやかく言う問題ではないとも言える。しかし、早くから塾に通わせ、有名な小中学校等へ入学させるには、かなりの経済的負担が伴う場合が多い。また、それらを成功裏に進めるには、親の知識や経験、教育態度等も関係しているだろう。結果的には、親が高学歴であったり社会的地位の高い職業についていたりするほど、あるいは経済的に豊かな家庭ほど、子どもの大学進学率が高く、有名大学に合格する者も多いという状況が観察されることになる。このように、家庭背景と子どもの教育達成に関連があるという事実は、少なくとも教育機会の均等という観点から問題があると見なしうる。

1.2 先行研究

 このような問題意識から、出身家庭の階層的な背景と教育達成の関連を、社会調査などの実証的なデータに基づいて解明する研究が数多く積み重ねられてきた。その結果、高校や大学へ進学する者の割合が大幅に増大した現代においても、出身階層による教育達成の格差は決して縮小していないことが明らかにされている(荒牧2000など)。

 他方、なぜ両者が関連するのかを解明する研究も様々な角度から行われているが、これらのうちでも、家庭の文化的背景の影響、とりわけブルデューの文化資本論に依拠した実証研究は数多くの国々において実施されている。ちなみにこれは、上層階級ほど学校文化に親和的な正統的文化資本を持っており、それらを元手に高成績や高学歴の獲得を通じて、高い階級的地位を獲得するという理解である。しかしながら、文化資本が世代間の再生産に強い影響をおよぼすという分析結果を報告する実証研究はあまり多くない。また、PISAデータを用いた最近の国際比較研究も、文化資本の影響は控えめなものだと結論づけている(Barone 2006)。これに対し、家庭の文化的影響を親の働きかけや教育的態度等と広くとらえ、その影響に着目する研究も展開されている。わが国においても、近年では、親の日常的働きかけ(卯月2004)や子育て方針(本田2008)等に着目する試みがある。日本社会は、ブルデューが研究対象としたフランス等のヨーロッパ諸国ほど階級文化が明確でなく、それらと学校文化との関連も弱いと指摘されている(竹内1995)から、親の教育態度等に着目するアプローチは、より有効であると期待できる。

 もちろん、文化的再生産論とは少し距離をおいた文脈でも、この問題に関連した研究はなされている。その1つが、塾通いや習い事等といった学校外教育の利用と家庭背景との関連に着目して、教育達成の階層間格差を検討したものである(盛山・野口1984; 尾嶋1997; 近藤1998;神林2001など)。こうした研究の背景には、学歴や社会的地位が高く裕福な親ほど子どもの教育に熱心であり、高学歴獲得のため塾に通わせて進学実績の高い中学や高校に入れ、結果的に教育達成の階層差をもたらすという認識がある。確かに、わが国における教育選抜の実情を思い浮かべれば、塾通いなどの効果に関心が向けられるのも道理と言える。なお、各研究の結論には相違する部分もあるが、家庭の階層的背景と学校外教育の利用に関連を認める点では、いずれの研究も一致している。

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