神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

    PAGE 7/26 前ページ 次ページ

第1部 親子関係・子育て

 第2章 学校環境、親子関係が子どもの自己否定感に与える影響
       ― 学力階層との関係に着目して ―

白川 由梨(東京大学教育学部)

  <要約>
  • 子どもが「自分はダメな人間だ」として自分を卑下してしまう感情(自己否定感)は、学力上位層ほど低い。
  • 自己否定感は、生徒参加型の授業を多く受けることによって軽減されるものではない。学校の先生から積極的に話しかけられることや、親からほめられること、親とスポーツや余暇を楽しむことといった周囲の大人との関係が充実することによって軽減される。
  • 周囲の大人のいかなる行為が子どもの自己否定感を軽減するかは、その子どもの学力階層によって異なる。本稿では、先生から積極的に話しかけられることは学力階層にかかわらず自己否定感の軽減につながり、親からほめられることは主に学力上位層の、親とスポーツや余暇を楽しむことは主に学力下位層の自己否定感を軽減することが実証された。

1. 問題設定

本稿の目的は、子どもを取り巻く環境のうち、①学校の授業、②教師との関係、③親子関係※1 ) に着目し、それらが子どもの「自己否定感」にどのように影響を及ぼすのかを探ることである。また、学力差によるこれらの影響の仕方の違いを探っていくことで、より精緻な分析にすることを目的とする。

近年、子どもたちの自尊感情の低さが問題となっている。日本青少年研究所の調査(2009)では、中学生・高校生の65%が「自分はダメな人間だと思う」と考えていることが明らかになった。この数値は国際的に見ても突出して高く、日本の子どもたちの自己否定感の異常な高さが浮き彫りになった形と言える。

子どもが自尊感情を持つことができない、というのは深刻な問題である。「自分はダメな人間だ」と自分を否定する感情を持つことは、勉強や部活動などにおける向上心の低下や、新しい状況、困難な状況にチャレンジする意欲の低下を引き起こす。また、心理学の分野からは、いじめや引きこもりといった子どもたちの問題行動と、彼らの自尊感情の低さとの関連について指摘がなされている(根本2007)。この点につき、文部科学省や中央教育審議会においても自尊感情は学びの土台と位置づけられており、子どもたちの自尊感情を高めるための取り組みについて議論が行われている。

だが一方で、自尊感情は高ければ高いほど良いというものではない。自尊感情があまりに高すぎると、集団生活を送る中で人間関係に支障をきたしたり、向上心を欠いたりというようなマイナスの影響が現れる可能性が考えられる。中央教育審議会の答申(2009)においても、自尊感情をむやみに高めようとすることには疑問を呈する声が挙がっている。ゆえに、本稿では「自己肯定感」などのプラス方向の感情に着目するのではなく、「自分はダメな人間だ」として自己を卑下してしまうマイナス方向の感情(自己否定感)を問題として捉え、子どもの自己否定感の規定要因を考えていきたい。規定要因としては、経済階層、友人数など様々なものが想定できるが、本稿では教育実践への生かしやすさの観点と、従来なされてきた実践や先行研究に対して疑問を投じるという意味より、学校環境や親子関係に焦点を当てて考えていきたい。

また、本稿では、そうした規定要因の影響の仕方が、子どもの学力階層によってどのように異なるのかを分析したい。学力に注目する理由としては2点挙げられる。第1に、学力は子どもの自尊感情に大きく影響を及ぼしていると考えられるにもかかわらず、これまでの自尊感情の研究においては学力への注目度が低く、学力に焦点を当てて分析することの意義は大きいと考えた。第2に、子どもの学力は教師にとっても保護者にとっても捉えやすいものであるため、分析の結果を実践に生かしやすい指標であると考えた。このような問題関心をもとに、以下、仮説を設定し、分析・検証を行いたい。

〈注〉
※1 親子関係の分析には、保護者票HQ03「子どもとの続柄」が「母親」または「父親」のものを使用した。「母親」のみでの分析と「父親」のみでの分析が同じ傾向を示していたため、両者を同時に分析して問題ないと判断した。

     PAGE 7/26 前ページ 次ページ
目次へもどる 調査・研究データ