神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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第1部 親子関係・子育て

 第4章 「親密な」親子関係の裏側
       ― 親子関係の在り方が子どもの自己否定感・将来意識に与える影響 ―

佐藤 昭宏(Benesse 教育研究開発センター研究員)

  <要約>
  • 親子関係の在り方(本稿では親子の意思決定の在り方に着目)によって、子どもの自己否定感や将来に対する安定志向は異なる。
  • 学力が高い子どもほど、「自分はダメな人間だと思う」と思う感情(=自己否定感)は低く、「多少つまらなくてもおだやかな一生を送りたい」と考える志向(=将来に対する安定志向)は弱いが、親子の意思決定において、自分の意見よりも親の意見を優先する相手優先型や保護者優先型の子どもにおいては、自己否定感が高く、また将来に対する安定志向が強くなる傾向がみられた。
  • 学力や経済階層の影響を統制しても、相手優先型や保護者優先型の意思決定のあり方が
    自己否定感や将来に対する安定志向に与える影響は残る。

1.問題設定

本稿の目的は、思春期の親子関係の在り方が、子どもの自己否定感や将来意識にどのように影響しているかを明らかにすることである。

近年、「友だち親子」に代表されるように親子関係が親密になっているとの指摘がある。

2009年にベネッセ教育研究開発センターが行った「第2回子ども生活実態基本調査」では、小6生から中2生において、親子の会話量や肯定的なかかわりが2004年より増加し、親子の距離がより近くなっている傾向が確認された。また2010年に公開された文部科学省の「全国学力・学習状況調査」(小6生と中3生を対象)の結果においても、「家の人と学校での出来事について話をしている」や「携帯電話の使い方について、家の人と約束したことを守っている」といった項目で2009年よりポイントが上昇しており、「ものわかりのいい」素直な子どもが増加している様子がうかがえる。

しかし元来、小学校高学年から中学生という年齢は、第二次性徴が始まる思春期にあたり、程度にこそ差はあれ、子どもが自我の形成や自立のために親の価値観や生き方から距離をとりはじめる――反発や抵抗を示し始める――時期とされてきた。しかし近年の調査結果を見る限り、その傾向は薄れているようにみえる。

親子関係は本当に親密になっているのだろうか。否、一見親密になっているようにみえるだけで、実際はその裏側で子どもや親がそれぞれの本音を隠し、相手に合わせて接しているのだろうか。

心理学者のCarter & McGoldrick(1999)は、思春期の子どもの自立にとって「他者配慮と自己配慮の均衡をとること」「社会や親や仲間からの期待と圧力の中で自分に対して誠実な意見や気持ちを発し続けること」の必要性を指摘する。もし、近年の親密な親子関係が、自分の本音を隠し、相手に合わせることを優先することで成り立っているとするならば、子どもは自分自身の意見や気持ちを親に対して素直に発する機会を持てずに、精神的ストレスを抱えているかもしれない。あるいは心の奥底では反発心を持ちながら、その感情を表現できず、親の意見や気持ちを優先してしまう自分に対して無力感や不全感を感じているかもしれない。

このような表面化しない鬱屈した心情や藤藤をふまえて思春期の親子関係を論じるためには、単に親子の会話量や内容だけでなく、そこで交わされる会話や内容がどのような親子関係の上に出現しているのかを分析していく必要があるだろう。

そこで本稿では、親子関係が表れる1つの状況として、思春期の子どもとその親の意思決定に着目し、親子の意思決定の在り方によって、子どもの自己否定感や将来意識にどのような違いがあるか明らかにし、「親密な親子関係」の裏側を探る。

2.先行研究のレビュー

親子関係が子どもの自己否定感や将来意識に与える影響については、特に心理学や社会学の領域において数多くの研究蓄積がみられる。例えば、根本(2007)は、自分に価値がないという感覚(=自己否定感)をもたらす主な養育環境の1つに、親子関係を取り上げ、親の期待や意向に応えるために、自分を抑え「よい子」でありつづけてきた子どもが、次第に「よい子」としての自分から離れられず、自分自身を生きられなくなっていくと指摘する。

「幼稚園や小学校は良い成績をとることは、親の喜ばせる手段でしたが、中学、高校になると、これが内面化され、自分の目標になってしまいます。このため勉強がちっともおもしろいと感じられないのに、良い成績をとることにこだわるようになります。親に受け入れてもらうために自分を抑えて「良い子」でいたことが、やがて自己目的化し、「良い子」としての自分から離れられなくなってしまうのです。」(根本2007:128)

そして努力は次第につらさに変わり、達成感も得られないことから、自分自身の存在価値を見失っていくと述べる。しかし根本(2007)の研究の中では、実際に自分の意見を抑制し、親の意見を優先している子どもで自己否定感が高い結果を裏付ける量的なデータは示されていない。

自立や将来展望に関するテーマで量的調査を用いている研究としては、幼児期の子育て調査の結果と精神科医としての診察経験をふまえながら、親主導の管理・支配的な子育ての下で育ち、親の自己実現につきあってきた「よい子」ほど、思春期に差しかかって自分のしたいことや将来像を定めることができず、行き詰まる傾向があると指摘した原田(2008)や、子どもを対象としたベネッセ教育研究開発センターの「第2回子ども生活実態基本調査」の結果から、仲良し親子のコミュニケーションの特徴として、親が子どもに対して自由や自主性を与える一方、親の期待や満足にも応えなければならないという矛盾したメッセージを与える傾向があることを指摘し、そうしたダブルバインド(二重拘束)の中で、親に直接反抗することもできず、逃げ場を失っているのではないかと危惧する黒沢(2009)の研究がある。

しかしここで原田(2008)や黒沢(2009)が言及している親子関係とは、あくまで親か子どものどちらか一方の認知に基づいた結果から言及されたものにすぎず、親子関係の実態とは隔たりがある可能性がある。また思春期の親子関係を対象とする場合、親子間で認知にズレがある可能性も大きい。よって親と子ども、双方による親子関係の認知を考慮した上で、親子関係に関する分析を行うことは十分に意義があると考える。よって本稿では中学生とその保護者の回答から得られたマッチングデータを使用し、子どもと親の双方の考慮した親子関係を分析、類型化し、その親子関係の類型ごとに子どもの自己否定感や将来意識がどのように異なるかを分析する。

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