神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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第2部 学力・学習習慣

 第3章 学級文化が学力に与える影響
       ―学習意識・友人関係・対教師関係に着目して―

須藤 康介(東京大学大学院教育学研究科博士課程)

  <要約>
  • 本稿では、学級文化が生徒の学力に与える影響とその階層差を明らかにした。
  • 分析の結果、学級文化は階層上位の生徒の学力にはほとんど影響を与えないが、階層下位の生徒の学力にはいくらかの影響を与えることがわかった。
  • 第1に、学歴意識傾向の学級文化は学力に正の効果であるのに対して、職業意識傾向の学級文化は学力に負の効果であった。
  • 第2に、活発的交友性の学級文化は学力に影響を与えないのに対して、いじめ潜在性の学級文化は学力に負の効果であった。
  • 第3に、対教師親密性の学級文化は学力に影響を与えない(または負の効果である)のに対して、対教師信頼性の学級文化は学力に正の効果であった。

1. 問題設定

本稿の目的は、神奈川県の広域を対象とした本調査データを生かし、学級文化が生徒の学力に与える影響、およびその階層差を明らかにすることである。

日本の学校は学級ごとの自律性や特殊性が高いと言われている。同じ学校・学年であっても、学級によって雰囲気が異なるということは、多くの人々が実体験しているところであろう。いわゆる学級文化の存在である。『教育用語辞典』によれば、「学級文化」は「学級集団が共有する価値意識や規範、行動様式など」(山崎・片上編2003: 82)と定義されており※1)、これまで蓮尾(1980)や狩野・田崎(1990)によって、学級文化が担任教師によってかなり異なることが示されてきた。また、学級文化は担任教師の影響だけでなく、学年の切り替わりにおける学級編成で半ば意図的に形成されることや、学校行事などのイベントで偶発的に形成されることもあると考えられる。

このように存在は広く知られている「学級文化」であるが、学級文化が生徒にどのような影響を与えているのか(あるいは与えていないのか)は、これまで十分に実証されているとは言い難い。学級文化の効果という視点を早くに提示したものとして木原(1982)が存在するが、近年においては、次節で検討する西本(2003)が挙げられる程度であり、実証研究の蓄積は極めて少ない。中学生の生活の多チャンネル化が進行する中で、学級文化は生徒にそれほど大きな影響は与えていないのであろうか。それとも無視し得ない影響を有しているのだろうか。本稿では、学校教育のアウトプットの中でも主要な要素と位置づけられる学力に着目し、学級文化と学力の関連を分析する。

なお、学力を従属変数とした分析を行うにあたって、生徒の階層要因は無視できない。これまで苅谷・志水編(2004)などによって、学力の規定要因が階層によって異なることが示されてきたし、学校教育のアウトプットを考える上では、学力水準への影響と学力格差への影響を同時に検討する必要があることが指摘されてきたからである。後述するように、学級文化が学力に与える影響にも、少なからずの階層差が存在することが予想される。したがって本稿では、学級文化の効果の階層差にも着目して分析を進める。

2. 先行研究の検討

前述のように、学級文化の効果を実証的に示した研究は極めて少ない。その中で注目すべきは西本(2003)である。西本は規律遵守的な文化がある学級では、家庭背景が学力に与える影響が小さいことを示しており、学級文化の効果を実証しているという点においても、学力の階層差を縮小させる教育実践を具体的に提言しているという点においても、その知見の含意は大きい。しかし、当該研究には、いくつかの課題が残されている。

第1に、調査対象が同和地区を多く含む特殊な地域であり、知見の一般化に留保がともなう。第2に、調査学級数が1学年あたり9〜12しか存在しないため、分析結果の信頼性が高いとは言えない。第3に、規律順守的な学級文化がある学級とない学級それぞれにおいて、家庭背景変数が学力に与える影響を分析するという手法が採られているため、学級文化によって学力の階層差が小さくなることは示されているが、学級文化が階層上位と下位の生徒それぞれにどのような影響を与えるのかは示されていない。本稿では、神奈川県の広域を対象とした(詳細は「調査概要」を参照)大規模調査データに対して、後述のマルチレベル分析を行うことで、これらの課題を克服する。

なお、学級文化に関する研究蓄積の少なさに反して、学校文化に関する研究蓄積は、特に近年増加している。その代表的なものが志水編(2009)の「効果のある学校」研究である。当該研究は、学力の底上げにつながる学校文化として、たとえば「前向きで活動的な学校文化」を提言している。しかし、本稿ではあえて、これら先行研究の蓄積がある学校文化ではなく学級文化を扱う。その理由は2つある。

第1の理由は、単純なものであり、これまで学校文化の効果は明らかにされているが、学級文化の効果は明らかにされていないからである。教育には学校単位でできることもあれば、学級単位でできることもあり、両者は同一ではないだろう。第2の理由は、教師個人にとって操作可能性が高いのは、学校文化よりも学級文化であると考えられるからである。須藤(2010)で指摘したように、学校文化の重要性を強調しすぎることは、一般の教師に無力感をもたらしてしまう可能性がある。なぜなら、学校文化は管理職の取り組みや学校の伝統によって規定される部分が大きく、一般の教師が容易に変えられるものではないからである。しかし、学級文化であれば、教師個人の創意工夫や学年を単位とした小規模な取り組みによって、ある程度まで操作可能であると考えられる。

〈注〉
※1 厳密には、学級文化の中には「目に見える学級文化」と「目に見えない学級文化」がある。ここで示したのは「目に見えない学級文化」の定義である。同『教育用語辞典』によれば、「目に見える学級文化」とは学級の歌や旗、調度品の配置や掲示物、落書きや交換日記などのことを指す。

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