神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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第3部 社会関係資本

 第3章 母親の教育方針と子どもの満足遅延耐性の関係
      ―階層、子育て分担、子どもの意識に着目して―

山田 美都雄(東京大学大学院教育学研究科博士課程)

  <要約>
  • 本論文では、母親の教育方針が子どもの満足遅延耐性に与える影響について、社会階層、家庭での子育ての分担状況、子どもへの意識といった要因に着目しながら分析した。
  • 母親の教育方針として、自由体験型教育、学業優先型教育、生活習慣型教育を、因子分析の結果に基づいて取り上げた。
  • 母親の子育て負担は、どの教育方針に対しても負の影響を与え、また、子どもへの競争志向や将来不安は、学業優先型教育を採択させる傾向が見られた。
  • 諸変数を統制して子どもの満足遅延耐性を従属変数とした回帰分析を行ったところ、生活習慣型教育が階層上位と下位において、一貫して有意な効果を示した一方、学業優先型教育は階層上位のみで有意な規定力を有しており、また、自由体験型教育は有意な効果を示さなかった。

1. 本研究の背景・目的

本論文の目的は、子どもの耐性、とりわけ何らかの欲求の生起に対し、将来的展望から充足を阻止し延期させるという意味での耐性の形成に対し、母親の教育方針がどの程度影響を与えるのかを検証することである。またその際、母親の教育方針と子どもの耐性の関係を背後で規定すると考えられる、社会階層、家庭における子育ての分担状況、子どもへの意識といった要因についても配慮し、全体的な影響関係を検討する。

子どもの耐性については、これまで主に心理学の分野で、「欲求不満耐性(フラストレーション耐性)」という概念によって扱われてきた。長島(1978)によれば、欲求不満耐性とは、心理学者のローゼンツワイクが提起した概念で、その定義は「心理学的適応に失敗することなく、すなわち不適応な反応をすることなしに欲求不満に耐え得る能力」とされる。また、その本質は「欲求の充足を延期することができる」ところにあるとされる。これは、日常的な語でいうところの「我慢」あるいは「我慢強さ」に該当し、「キレる子ども」や「学級崩壊」といった社会的な問題(櫻井1999)から、授業中の私語や欲しい物を買ってほしいと親にせがむ子ども、といったように様々な場面にかかわる事柄である。そしてこれらは、現代人の豊かさの帰結として描かれることが多い。また耐性は、欲求阻止を伴うため、人によっては強いストレスが生じることがあり、心理的均衡を失い、現実的な根拠に基づかない防衛機制を引き起こしもすることから、看過できない問題領域であると言える。

本稿では、子どもの耐性について、特に、何らかの欲求を将来的な展望のもとに阻止し、先送りするという性質に着目し、これを心理学研究分野の1つである満足遅延研究になぞらえて「満足遅延耐性」と呼ぶことにする※1)。本稿において満足遅延耐性に着目するのは、それが子どもの学習や学力の問題を考える上で重要な位置を占めるということだけでなく、社会適応にとって不可欠となる基本的な土台とされるものであるからである。しかし、この重要性に反して、耐性は、これまでの学力や学習をめぐる研究などを見ても、主だって扱われてこなかった。学習の成果が、子どもがあらゆる誘惑から生じた欲求をいかに阻止し、確実に延期できるかといった、時間との対峙の仕方に大きく依存するであろうことは容易に想像できるにもかかわらず、である※2)。

本論文では、耐性の形成要因として、まず家庭での教育方針を取り上げ、次いで心理学研究では用いられることのない「社会階層」という視点を持ち込む。さらに、家庭での育児の分担状況や親の子どもに対する意識という観点も導入し、子どもの満足遅延耐性が、家庭要因、社会要因とどのような絡みを持ちながら形成されるのかに着目する。なお、本研究では、母親が子育てを担う中心的なエージェントとして、圧倒的に多数派であることを考慮し、母子ペア票のみを分析に用いた。

〈注〉
※1 欲求不満耐性と満足遅延耐性の概念的相違は、後者において、特に、将来的な展望から欲求の充足を先送りするという、「時間の延期」という観点を扱っていることにある。それに対し前者は、後者の上位概念に位置づくもので、時間だけでなく、欲求不満状態全体を含みこむもので、より包括的である。

※2 本稿において、満足を即時充足させるよりも、遅延させるほうがよいという価値判断を暗黙のうちに下していることについては、常に自覚的でなければならない。

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