神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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巻頭原稿

 中学生の社会意識の規定要因
       ―競争重視/格差縮小への支持をもたらすものは何か―

本田 由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)

  <要約>
  • 中学生の競争重視の意識は、経済階層や学力などの客観的要因が有利であるほど強い。
  • 中学生の格差縮小の意識は、客観的要因からの影響が弱く、特定の経済階層では親の格差縮小意識や教育環境の影響を受ける。
  • 経済階層下位の学力上位層では競争重視と格差縮小をいずれも肯定する意識が強い。

1. 問題設定 ―将来の社会設計につながる社会意識はいかなる条件に左右されるのか―

本章の目的は、中学生の社会意識を規定する要因について検討を加えることにある。

90年代以降の大きな社会経済的変動により、日本社会は言わば迷走状態にある。バブル崩壊を直接の契機として顕在化した経済の低迷は、社会格差の拡大や貧困という社会問題を大きく浮上させた。長期不況への対処として、90年代末から今世紀初めにかけての自民党政権下では構造改革や規制緩和など新自由主義的性格の強い諸政策が導入されたが、それらは社会格差や貧困をいっそう増大させるものであった。2009年の政権交代の背景には、そうした自民党の諸政策に対する国民の反発が存在した。政権を引き継いだ民主党は自民党と比較すればより困窮者支援に力点を置いた諸政策を打ち出しているが、財政的制約などから、いまだ新たな諸政策の実現やその成果については不透明な状態にある。

すなわち、2010年時点の日本は、高度経済成長期から1980年代にかけて成立していた「戦後日本型循環モデル」(本田2008)の破綻が顕わになっているにもかかわらず、それに代わる新たな社会モデルとして、市場競争を重視する新自由主義的モデルと、社会的包摂や再分配を重視する新福祉国家モデルとの間で、揺れ動いている状態にある。こうした中で、今後の日本がいかなる針路をとるかに関しては、国民の選択に依存する面が大きい。それゆえ、社会の将来を担う若い世代が、いかなる社会意識をもっており、それがいかなる要因に影響されているかを明らかにすることには意義がある。

以上のような問題関心から、本章では新自由主義と密接にかかわる社会意識として「競争重視」の意識に、また新福祉国家と密接にかかわる意識として「格差縮小」の意識に注目する。これらを従属変数として、その規定要因を検討することが本章の分析課題である。

これらの意識を規定する要因は、客観的要因と主観的要因に大別することができる。前者については、次節で述べるように既存研究から総じて社会的諸条件が有利な者ほど競争を肯定し、逆に不利な者ほど格差の縮小を望むということが明らかになっていることから、子どもが将来有利な社会的に就ける可能性を左右する要因として、各家庭がもつ経済的資源および子どもの教育達成に着目する。これらのうち、家庭の経済状況は子世代にとって動かし難い属性としての意味をもつが、教育達成は個人の業績としての意味をもつ。これら属性的もしくは業績的な客観的要因が、中学生の社会意識に対して重層的な影響を及ぼしている可能性について検討を加える。

また、主観的要因とは、具体的にはいかなる社会のあり方を望ましいとみなすかという価値規範を意味しており、特に親世代から子世代へとそうした価値規範がどれほど再生産されているかという関心から、保護者の社会意識に着目する。それに加えて、学校教育を通じた価値規範の社会化も、主観的要因として検討に値する。これらの主観的要因が、客観的要因とは別に社会意識に対して影響を及ぼしているか否かについて検討を試みる。

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