神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書

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 本報告書の特徴

本田 由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)

本報告書は、東京大学教育学部比較教育社会学コースのスタッフ・学部生・大学院生と、ベネッセ教育研究開発センターのコラボレーションの成果である。

東京大学教育学部比較教育社会学コースでは、社会学および文化人類学の手法を用いた教育現象の実証的解明を学術的なコアとして、学部生・大学院生への教育指導と調査研究が行われている。教育指導においては、社会学・文化人類学の理論や概念の理解と適用のみならず、実証研究に不可欠な社会調査手法の習得と洗練に大きな比重が置かれている。

本コースの教育課程の特色の1つは、学部3年生向けの授業として例年開講されている「社会調査実習」である。この授業は、「質問紙を用いた社会調査の0から100まで」を学部生に実地に経験してもらうことにより、社会調査の企画・実施・分析・発表にかかわる様々な知識やスキル、ノウハウを体得してもらうことを目的としている。社会調査士資格取得のための必修科目でもある。

この授業では、毎年特定の調査対象を設定した上で、年度初めから順次、社会調査法に関するテキストの講読、調査対象のフィールドワーク、個々の学生の問題関心や仮説および質問項目の検討などを経て、秋に実際に質問紙調査を実施し、データの作成と分析、学生各自のレポート執筆を年度末までに終え、翌年度初めの内部報告書の作成と東京大学五月祭における調査結果報告シンポジウムの開催をもって、一連のサイクルを閉じる。この全過程を通じて、学生は単に社会調査の手法のみならず、先行研究を踏まえて自らの問題関心を突き詰めることや、それを現実のデータで検証すること、そして筋道の通ったレポートの書き方、シンポジウムでのプレゼンテーションの仕方などを身につけることになる。さらに、質問紙の仕上げや発送作業、戻ってきた調査票や入力データの点検、五月祭に向けての準備などはすべて共同作業にならざるをえないため(年間何回かは徹夜になる)、それを通じてチームワークやリーダーシップ、役割意識などをも向上させてくれるよう期待している。

このような内容の「社会調査実習」では、毎年かなり良質の質問紙データが蓄積されてきたが、その分析結果は内部報告書や五月祭のシンポジウムで発表されるのみで、より広く社会の目に触れることはこれまでなかった。しかし、それではあまりにもったいない。これらのデータに分析を加えることによって得られた知見は、世に問いかけるに十分値するものであると考えた。その結果、このたびベネッセ教育研究開発センターからのご協力を得られることになり、授業に参加していた学生たちの分析結果の中からいくつかをピックアップしたものに、コースのスタッフおよびTA(ティーチング・アシスタント)の大学院生、そしてベネッセ教育研究開発センターのスタッフの方々が改めて行った分析を加えて、本報告書として刊行することになった。

本報告書で分析に使用するデータは、2009年の秋から冬にかけて、神奈川県下の23校の公立中学校の2年生2,874名およびその保護者2,411名に対して実施した調査の結果である。「社会調査実習」の授業では、前年の2008年度までの数年間にわたり、都内の高校生を対象として調査を実施しており、2008年度および2007年度の調査結果はすでにベネッセ教育研究開発センターよりそれぞれ『神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書』(研究所報vol.57)、『都立高校生の生活・行動・意識に関する調査報告書』(研究所報vol.49)として刊行されているため、本報告書と併せてご参照いただければ幸いである。これらの高校生調査の結果を踏まえ、その前段階に当たる中学生の実態に改めて注目する必要を感じたことから、今年度は公立中学生を対象として選定し、かつ中学生と保護者をペアで把握しうるデータを収集することで家庭内の親子関係をも把握できるように調査を設計した。

本報告書の末尾に掲載した調査票をご覧いただければおわかりの通り、今回の生徒調査には、中学生の学校内外での生活と意識の実態を浮き彫りにすることを目的として、学校での過ごし方や友人関係、自分自身・将来の進路・日本社会などについての意識など、多岐にわたる質問が盛り込まれている。また、保護者票は、中学校への期待や満足度、教育政策への評価、子育ての実態、社会意識など、中学生の子どもをもつ保護者が教育をめぐっていかなる考え方や行動をとっているかに関する質問群から構成されている。むろんいずれについても、回答に要する時間の制約から、最終的に盛り込めなかった質問項目も数多くあるが、そうした限界の範囲内で、可能な限り包括的に質問を配したつもりである。

これらの質問で捉えた諸変数の間の様々な相互連関について、本報告書の各章ではそれぞれの執筆者の問題関心に基づいた分析が加えられている。それらの分析は、現代の中学生が日々その中で生きている学校と家庭の実像を、多様な角度から映した鏡像となっている。

中学校という教育段階は、義務教育の最終段階であるとともに中等教育の前期段階であり、高校に向けた選抜を控えた時期に当たる。日本の高校は学力水準や進路に関して個々の高校がトラッキングの機能を果たしているのに対し、公立中学校では1つの学校の内部に多様な層が混在している(私立中学への進学者層はむろん除かれる)。それゆえにこそ、同じ中学校に在学する中学生の間には、それぞれの出身家庭や個々人がもつ多様な資源を反映した複雑な相互関係や分岐・ 藤が現れており、分析対象として重要な意味をもっている。

また、10代前半という年齢層は、保護者の意識や行動が及ぼす影響がまだ色濃く残っているとともに、そこからの自立をも模索し始める段階に当たっており、その実態を把握しうるという点でも親子を対にした分析には大きな利点がある。

さらに、保護者のみに注目しても、種々の新しい教育政策が導入されつつある中で、子どもを介してそれらの影響を直接に被る人々が、教育と社会をどのように捉えているかを探ることは、この社会の将来像を占うことにもつながる。

社会の随所に、格差や貧困、競争と孤立化など、かつては潜在化していた諸問題が顕著になりつつある中で、今後の公教育をどのように再構築してゆくかを考える上で、本報告書の知見が少しでも材料を提示することができれば、この上ない幸いである。

最後に、今回の調査にご協力くださった公立中学校の生徒の方々、保護者の方々、そして先生方に、心よりお礼を申し上げる。

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