第2回子ども生活実態基本調査報告書
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1 なぜ、現状に対する満足度は高まったのか
  ―動機づけ心理学からの考察―        櫻井 茂男

はじめに

 今回の調査結果を概観すると、筆者の専門である動機づけ心理学の視点からは、実に興味深い結果がみられた。それは、2004年(5年前)との経年比較で明らかにされた「現状に満足であるという子どもの増加」「『早く大人になりたい』という子どもの増加」「将来なりたい職業があるという子どもの減少」の3点である。なかでも、「現状に満足であるという子どもの増加」はとくに興味深く思われた。たった5年の間に、現状満足派がかなり増えたのである。
 そこで本稿では、この現象を簡単に説明した後、この現象が生じた理由について、主に動機づけ心理学の視点から考察してみたいと思う。

現状に満足であるという子どもの増加

 図4-1-1(第4章)をご覧いただきたい。ここには学校段階別に、8つの質問項目に対して満足と思う子どもの割合(「とても満足している」+「まあ満足している」の%)が、2004年と2009年(今回)を比較するかたち(「自分が通っている学校」は2009年のみ)で示されている。経年比較ができる7つの項目をみると、高校生における「自分の性格」以外は、程度の差はあるもののすべて増加している。とくに「自分が住んでいる地域」(小・中・高校生)、「学校の先生との関係」(小・中学生)、「自分の性格」(小・中学生)、「今の日本の社会」(中・高校生)では、5ポイント以上の増加が認められた。

現状に満足であるという子どもが増加した理由の分析(その1)

 さて、それではどうして、この5年間に現状満足派が増えたのであろうか。
 その理由を分析するにあたり、1つの考え方を提案しておきたいと思う。それは、「満足度は[結果(現状:期待が達成された程度)/期待(願望)]によって決定される」という考え方である。
 例をあげてみよう。A子さんは、ある級友と仲よくなりたいという期待をもっていたとしよう。このような場合、その期待がどの程度達成されたか(どの程度仲よくなったか:結果)によって、友だちとの関係における満足度は決定される、というのである。
 そこで、この式を上記の7つの質問項目にあてはめて考えてみたいと思う。ただ、ここでは、結果(現状)すなわち期待が達成された程度をできるだけ客観的に評価し、期待の変化について考察する。そこで、結果(現状)については、今回の調査のなかで使える結果がある場合はそれを使い、ない場合は世の中の動向から推定することにする。

 

(1)友だちとの関係:今回の調査結果をみると、友だちとの関係については、「悩みごとを相談できる友だち」が増えたり(第1章 図1-2-1〜図1-2-3)、「違う意見をもった人とも仲よくできる」「友だちが悪いことをしたときに注意する」子どもが増えたりしている一方で、「仲間はずれにされないように話を合わせる」子ども(とくに男子)が増えている(表1-2-1〜表1-2-3)。これらを総合的にみると、友だちとの関係はやや好転したといってよいのではないだろうか。図4-1-1をみると、友だちとの関係に対する満足度は、やや改善している(2.7〜4.1ポイントの増加)。ということは、上記の式にあてはめて考えると、友だちに対する期待はほぼ維持されていると考えるのが妥当ではないだろうか。

 

(2)家族との関係:今回の調査結果をみると、親との会話の頻度が高まったこと(図1-1-1〜図1-1-3)、親との肯定的なかかわりが増え、否定的なかかわりが減少したこと(図1-1-4〜図1-1-6)、生活習慣が改善されたこと(早寝早起きになったことに関する第2章 図2-1-3、食事の様子に関する図2-1-5〜図2-1-7)などが明らかにされている。これらは、親との関係(現状)がかなり好転したことを示している。親との関係は家族との関係の一部であり、子どもにとっては中核をなす関係であるといえる。しかし、図4-1-1をみると、家族との関係に対する満足度はやや改善された程度(0.2〜4.4ポイントの増加)である。親との関係がかなり好転しているにもかかわらず、満足度が大きく改善されていないということは、先の式に基づけば、期待がかなり高まったからではないかと推測される。期待が高いから、現状が改善されても満足度はそれほど高まらないのである。

 

(3)学校の先生との関係:今回の調査結果のなかには、学校の先生との関係についての情報は見当たらない。そこでこの5年間における教育関連の出来事をみると、まず2004年にPISA2003やTIMSS2003(2003年に実施された国際的な学力調査)の結果が公表され、わが国の子どもの学力低下が大きな問題になった。その後、教育再生会議が設置されたり、自前の学力調査(「全国学力・学習状況調査」)が実施されたりして、学力の向上策がとられた。さらに、学校での子どもの問題行動に対する対応も進められており、教師の子どもへの対応はある程度改善されたことが予想できる。そうであれば、学校の先生との関係に対する満足度が小・中学生でかなり上昇した(順に6.7、6.8ポイントの増加)理由は、先の式にあてはめると、期待が維持されたか、やや低下したからではないだろうか。

 

(4)自分が住んでいる地域:今回の調査結果のなかには、自分が住んでいる地域に関する情報は見当たらない。この5年間の日本社会の動き、とくに経済面での動きをみてみると、2005年ごろに一時的な景気の回復・雇用の増加がみられる。しかし、2008年の「リーマン・ショック」後の景気の後退はいまだに続いているといえる。こうした状況を考慮すると、子どもが住んでいる地域の経済状況は悪化していることは確かであろう。先の式にあてはめると、現状は経済面を中心に悪化しているにもかかわらず、すべての学校段階で5ポイント以上の満足度(8.1〜11.1ポイント)の改善が示されているということは、自分の住んでいる地域に対する期待が低下したということではないだろうか。

 

(5)今の日本の社会:(4)の「自分が住んでいる地域」に対する満足度が大きく改善されているのと同様に、今の日本の社会に対する満足度も、中学生および高校生で大きく改善されている(順に、7.6、7.3ポイントの増加)。すでに説明したように、この5年間におけるわが国の経済状況は後退しているといえる。したがって、今の日本の社会は経済面を中心に考えれば、決してよい状況にあるとはいえない。それでも、満足度は上昇しているのであるから、期待が大きく低下したと考えるのが妥当ではないだろうか。小学生で満足度が高まらなかったのは認知的に未熟であり、日本の社会状況を中学生や高校生ほどには的確に把握できなかったからではないかと思われる。一方、自分が住んでいる地域に対する満足度の上昇は、自分が住んでいる地域が身近な社会であるため、小学生でもその現状の把握が的確にできたために生じたものではないかと考えられる。

 

(6)自分の成績:今回の調査結果をみると、いずれの学校段階でも、成績の自己評価は変わっていないといえよう。一方、自分の成績に対する満足度をみると、小学生で2.8ポイントの増加、中学生では3.8ポイントの増加、高校生では0.4ポイントの増加を示している。小・中学生ではある程度の改善が認められる。先の式にあてはめると、達成の結果はほぼ変わっていないのであるから、自分の成績に対する期待が小・中学生を中心にやや低下したのではないかと予想される。

 

(7)自分の性格:経年比較ができる7つの項目の中では、唯一、学校段階別で異なる結果がみられた項目である。小・中学生は自分の性格により満足している(順に7.0、5.9ポイントの増加)が、高校生では反対により不満を感じている(2.9ポイントの減少)という結果である。自分の性格についての評価は時代が変わっても変化しないものと予想される。そうであれば、小・中学生では期待が低下し、高校生では期待が上昇したと考えられる。高校生でのみ期待がやや高まるのはどうしてなのだろうか。自分の性格の場合、期待が高まるというのは、自分の性格をより厳しい目で見るということである。この5年間にこうした期待を高めるような要因は考えにくく、筆者にはまだよくわからない。

 

 さて、ここまでは既述の式に従って満足度をとらえ、結果についてはできるだけ客観的に評価し、満足度が変化した理由を主に期待の変化に求めてきた。その結果、家族との関係に対する満足度には期待の上昇も予想されたが、それ以外の満足度では、期待の低下が予想された。こうした分析結果からは、いまどきの子どもたちが自分の期待を低下させてでも現状に対する満足度を高めている姿が浮かんでくる。ところで、自分の期待を低下させる理由は何だろうか。筆者には低下しがちな自分のプライドや自尊心を守るためではないかと思われるが、どうだろうか。 

現状に満足であるという子どもが増加した理由の分析(その2)

 これまでは、既述の式における結果(現状)を客観的に評価し、期待の変化を考察してきた。しかし実は、この結果(現状)の評価がかなり主観的であるという考え方もある。その背景にあるのは「社会的比較」という現象である。人には自分に関係する結果を、他者のそれと比較して評価する傾向があり、上昇志向で意欲的なときには上方比較(上位の他者との比較)を多くし、下降志向で意欲がないときには下方比較(劣位の他者との比較)を多くするという。言い換えれば、意欲的なときは上を目指し、高い目標を掲げてがんばるのであるが、意欲がないときには自分のプライドや自尊心を守るために、自分よりも劣った他者と比べて、まだ自分は大丈夫と安心したがるのである。
 先の分析では、期待を下げることによって満足度が上昇する可能性を指摘したが、期待が低下する状態は下降志向の場合に多く、下方比較が頻発する状態でもある。そうであるならば、いまどきの子どもたちは下方比較を行いやすく、自分に関連する現状(結果)を他者のそれよりはまだ大丈夫と思い、その結果として擬似的な満足感を高めているのではないだろうか。擬似的というのは、現状(結果)を期待と比べるのではなく、現状(結果)を他者の現状(結果)と比べて生じる優越感を、上記の本来の満足度と同じようにとらえているからである。

おわりに(結論として)

 いまどきの子どもたちは、自分のプライドや自尊心を守るために、期待を低下させて満足度を高めたり、自分が置かれている状況を、自分よりも劣位の子の状況と比べて優越感(擬似満足度)を感じたりして、現状に対する満足度を高めているのではないかというのが、本稿の問いに対する動機づけ心理学からの1つの答え(仮説)である。

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