第2回子ども生活実態基本調査報告書
   PAGE 3/6 前ページ 次ページ

2 「友だち親子」の光と陰
  ―危うい「よい子」と「乙Men」現象―    黒沢 幸子

「友だち親子」が危ない?

友だち親子、仲よし親子の増加
 2004年と比べ、親子関係がより親密になっている。とくに小6生から中2生にかけて友だちや学校のことを親と多く会話する子どもが増えており、高校生でも友だちのことについての親との会話頻度はやはり増えている。
 また、親との関係も2004年に比べ、勉強を教え、相談にのり、ほめてくれるなどの肯定的なかかわりが増え、干渉や強制といった否定的なかかわりは減っている。仮に小・中学生であっても、親は子どもをある程度大人として扱い、あまり口出しはせず、それなりにしかってもくれる。わが子を尊重し、しつけや教育に熱心な親の姿が浮かび上がり、親子関係は良好でより親密になっている。一方、子どもにおいても、小・中学生は、家族との関係に2004年よりも満足している割合が増えている。
 いわゆる、「友だち親子」化が進んでいる。グループインタビューや学校でのヒアリングからも、子どもが親に友だちや学校のことをよく話し、親が子どもを尊重している様子、また親子で、TV番組、ゲーム、マンガなど共通の話題をもち、買い物や旅行にも一緒に出かけ、仲よしでいつづける様子がうかがえた。子どもは母親の愚痴もよく聞いていて、反抗期はあまり顕在化せず、せいぜいプチ反抗期がある程度である。

 

「やさしい」親子関係の微妙な居心地
 本来、とくに小6生から中2生の時期は思春期と呼ばれ、親に秘密をもち始める時期である。親に何でも言わないことが、思春期の証であった。第2次性徴という身体の変化と向き合い、自分らしさ、自分とは何かを模索し、自我の形成と自立に向けて、親からの心理的な離乳を達成するために、親に無理にでも背を向ける、親たちの示す既成価値に違和感、嫌悪感を表す。そんな心のメカニズムが発動する時期であったはずである。
 今の子どもたちは、親に何でも話し、秘密をもたないのであろうか。それとも、もっと巧妙に自分の本音、心の奥底を隠して親に合わせ、熱心で「やさしい」親を安心させているのであろうか。否、隠していることも意識しないで、親の暗黙の期待に応え、子どもも親に「やさしい関係」を結んでいるのだろうか。このどれもがあてはまる可能性があろう。一見良好にみえる親子関係のなかで、子どもたちは自分自身の心の発達過程を遅延させているかもしれない。あるいは、子どもが親を心配させない「よい子」として生きる、つまり早期に大人役割をとることで、本音が言えない、自分の本音が何であるかがわからないといった不自由さや不全感をどこかで抱えるかもしれない。昨今の若者が、外見に比して心が幼いといわれたり、やさしくソツがないけれども、覇気がないといわれたりすることの背景と関連していそうである。
 第4章で分析されている「早く大人になりたい」という思いを自立心ととらえるなら、中・高校生では、家族や学校などの周囲の環境に満足し、勉強にもしっかり取り組んでいる、いわば恵まれた「よい子」が自立心をもちにくくなっている。熱心で「やさしい」親の期待を背負い、環境に恵まれた「よい子」の自立が遅延する傾向がここでもみてとれる。

 

「やさしい」親子関係の罠 〜ダブルバインドのコミュニケーション
 この「やさしい」関係には、ときに子どもたちの健やかな心の発達を阻む罠が潜んでいそうである。「ダブルバインド」の罠である。「ダブルバインド(二重拘束)」とは、相矛盾したメッセージを同時に指令するコミュニケーションのことである。たとえば、「自由にあなたの好きにやりなさい」と言う一方で、「私を安心させる(満足させる)ようにやりなさい」というメッセージを伝えているとすれば、それはダブルバインドの状況に子どもを置くことになる。自由にやれば、親を心配させたり、満足のいかない結果を生んだりすることもある。しかし、それは許されない(それを受け入れるキャパシティが親側にない。あるいは、お小遣いを削られるなどの制裁を与えられる)。ところが、「親の言うとおりにやりなさい」とは言われていないし、表面的には自由が許されているようにとらえられる。
 このようなダブルバインド状態が高じると、親に直接の反抗もできず、子どもは逃げ道がなくなり、混乱して引きこもるか爆発するか、いずれにしても前に進めなくなる。一見、物わかりのいい「やさしい」親子関係が、このダブルバインド状態をはらんでいるかもしれない。
 一昔前の「頑固おやじ」は、よくも悪しくも「シングルバインド」なコミュニケーションを行っていた。「家業を継げ!継がないなら出ていけ!」など、物わかりが悪いことこのうえない主張であるが、子どもはその一枚板に、思い切りぶつかり反抗することで、自分を形づくっていったのであろう。
 今さら、頑固おやじの復権を求める必要はないであろうが、親や大人はもう一度、自らが「ダブルバインド」なコミュニケーションを子どもに対しどのように行っているかに気づくことは重要であろう。子どもの成長に応じて、できるだけ「シングルバインド」、つまり自分の立場や主張をはっきりさせたシンプルな一方向のメッセージを伝えられるように意識し努力することも、子どもの思春期の自立に向けて求められるであろう。

「よい子」はつらいよ 〜気を遣い合う人間関係

空気を読んで、承認を求め合う
 小学生が、仲間はずれにされないように話を合わせる傾向やグループの仲間同士で固まっていたいという思いは、2004年よりも高まっている。同質でないこと、排除されることへの恐れや気遣いは、さらに低年齢化している。
 反対に、小学生と高校生で2004年よりも、違う意見をもった人とも仲よくできる傾向が高くなっており、また、中学生では友だちと話が合わないと不安に感じる傾向が減少している。これは、個々の違いを受け入れられたり、同調圧力への不安が減少していたりと、前述の傾向とは逆に、子どもたちの友だち関係が成熟の方向にあり、自立に向けてよいサインであるようにも感じられる。ただ、昨今若者の間で「KY(空気が読めない)」という言葉が流行し、それが人間関係でもっとも忌避されている現象である点を考慮すると、空気を読んで、違う意見をもった人とも、そつなくぶつからずに仲よくし、友だちともうまく話を合わせる術をすでに磨いている結果であると考えられなくもない。
 2004年と比べて、日ごろよく話したり遊んだりする友だちの数に大きな変化がないのに対し、悩みごとを相談できる友だちの数は、小・中・高校生を通して増えている。子どもたちの人間関係がケータイやメール、インターネットにより、広がり深まっている一方で、一度打ったメールの言葉は消えないし、容易に広められることからも、より繊細な気遣いを駆使することが常に強いられているだろう。また、行動をともにする友だちよりも、悩みを相談できる友だちの数が増えている傾向から、より多くの友だちからの承認を求め合っている姿もうかがえる。友だちと行動をともにして、直接話したりぶつかり合ったりするよりも、ケータイやメール、インターネットでつながり、友だちの承認の輪から外れないように気を遣い合っている。反対にいえば、この輪の中に入れない状況は、想像以上の疎外感、孤立感をもたらすことになり、自己肯定感をもちえない状況となるであろう。

 

「よい子」は不自由
 今回の調査から、総じて子どもたちは「よい子」化している。早寝早起き、朝食をとる、偏食の減少など生活習慣は改善し、部活動も塾もより長時間取り組み、パソコンやメールもほどほどに使用し、友だちの数は増え、自分の性格、学校の先生との関係などにもより満足している。親子関係にも友だち関係にも比較的満足しているが、その背景に、ネガティブな感情をあからさまには表出せず、親密さのなかで傷つかないように、ぶつからないように気を遣っている姿が浮かび上がる。
 第1章で分析されているように、親子関係に敏感な子どもは、友だち関係にも気を遣う傾向が小・中・高校生を通してうかがえる。いわゆる親の言うことを聞く「よい子」は、疎外されたり否定されたりすることに敏感で、親にも友だちにも気を遣っているようである。
 とくに小学生は、リーダーになることやスポーツが得意だという子どものほうが仲間同士で固まっていたいと思っており、仲間はずれにならないように気を遣っている傾向も、分析の結果みえてきている(紙面の都合で図表は省略)。中・高校生になるに従い、その傾向は徐々に薄れていくが、小学生でリーダーシップやスポーツに優れる「よい子」は、一方で人間関係にもエネルギーを使っているようである。

 

ネガティブな気持ちの行き場がない!?
 「友だち親子」では、親子が理解し合うだけでなく、同質化する傾向も深まっている可能性がある。「親子カプセル」化現象ともいえるかもしれない。孤立した1つのカプセルの中で、親子が同質に混ざり合い、親子がボーダレスの(境界線がない)状態になる。親子が同質化すれば、多角的な視点に立つことが難しくなり、異質であることへの拒否反応や排除が働く。親子はお互いの存在が、それぞれの揺れに対して緩衝要因として働くのではなく、増幅要因として働く。その結果、容易に親子共振状態を招くことになる。子どもの揺れに対して、親がしっかり受け止め落ち着かせる方向に行くのではなく、子どもの揺れに親が大きく反応してさらに揺れてしまう。子どものことについて、学校や他の子どもの親に対し、大人気のないクレームをつけるような親が増加しているという現場からの声も、「友だち親子」の陰の側面の1つの表れといえるかもしれない。
 また、子どもは親が揺れてしまうような刺激、すなわちネガティブな感情表出をおのずと避ける/できない/しないことを幼いころから学び、身につけていることも考えられる。ポジティブな気持ち(うれしい、楽しい、好きなど)もネガティブな気持ち(悲しい、怒り、嫌いなど)も両方とも感じるのは、子どもにとって自然なことである。子どもがそれら感情を受け止め認知し、ふさわしい行動をとれるようになることが重要である。
 文部科学省による「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」では、暴力行為の発生件数は2004年度と比較して、小学生は約3倍、中学生で約1.6倍、高校生で約1.3倍(公立校)となっており、低年齢でより増加している。この結果は、本調査において、子どもが「よい子」化している傾向と一見矛盾するが、より低年齢で人間関係へ気を遣っている傾向などと併せて考えると、ネガティブな気持ちの表出の仕方を、適切に行うことを十分に学べていない可能性も考えられるであろう。
 より幼いときから、子どものネガティブな気持ちの表出を親や大人がしっかり受け止め、その気持ちを認識できるように手伝い、そこからどのように進むのがよいかをともに考え合えることが大切である。親が親としての一線を引き、地域ネットワークともつながることで、親子のカプセル化を食い止める必要があろう。自治体やNPOなどによる親や子育てへの支援ネットワークの活性化も望まれる。

乙Men現象の意味するもの 〜男子は生きづらい?

 乙女心をもった男子たちという意味で、おとめと男性のMenを合体させた「乙Men(オトメン)」という造語ができたり、従来の男子の戦闘的でたくましいイメージとは反対に、やさしく穏やかな男子が増加したことから「草食系男子」と呼んだりする現象が生じている。今回の調査でも、これらを裏づけるような男子の変化がはっきり表れた。男子では、遊ぶ友だち、相談できる友だちの数がともに顕著に増加した。それとともに、仲間はずれにならないように、話が合うように、友だち関係に気を遣う男子がとくに小・中学生で増加し、女子より男子が群れる傾向にある。詳細は第1章に譲るが、男女差がなくなってきたといえるだけでなく、逆転現象も起こっている。また、第4章で分析されているように、小・中学生で、女子に比して、疲れやすい男子や外見を気にする男子が増加している。
 高校生では、なりたい職業がある女子は6割近くいるが、男子は4割余りにとどまり、男子は女子よりも収入が多く大きな会社で休みが多いことが大切だと考えている。将来幸せになっていると思うのも、女子のほうが多い。それに対し、男子女子ともに半数余りの者が、結婚したら家事・育児は男女同等に行うと考えている。
 また、小・中学生で、女子は成績がよいと親にほめられることを勉強の励みにする傾向が高まっているが、男子はそれほどではないという結果もみられた(図表省略)。これらの結果から、男女平等意識が進み、女子の生き方の選択肢や社会進出が広がる一方で、男子は勉強して稼いで一家を支えるべきという意識が根強くあることも垣間見え、男子の生きづらさがうかがわれる。このようななか、男子はお互いを傷つけあわないように空気を読みながら群れて、内向きな安定志向で、安心を分かち合っているのかもしれない。その背景には、母親との密着、父親モデルの不明瞭さも影響しているように思われる。
 大きな社会的な背景があるものの、これまでに述べてきた、子どもへの「シングルバインド」なコミュニケーションや「親子カプセル」化の防止などは、低年齢から生じる男子の生きづらさを緩和することに無関係ではなかろう。

   PAGE 3/6 前ページ 次ページ
目次へもどる 調査・研究データ