２．「効果のある学校」論とは

かつて筆者は、子どもたちの学力の実態を把握しようという調査研究のなかで、「学力格差をかなりの程度克服している学校」に出会った。そうしたタイプの学校のことを、欧米では「エフェクティブ・スクール」という言葉で呼ぶ場合がある。アメリカやイギリスでは、エフェクティブ・スクール研究はすでに30年ほどの歴史を有しており、今日では国際学会や国際ジャーナルも整備されており、世界各国で多様な研究業績が提出されている。

事の発端は、アメリカの『コールマンレポート』（1966）とそれに続く『不平等』（1972）の刊行にある。これらが明らかにしたのは、ひとことで言うなら、「社会的不平等を減少させる上で、学校はきわめて限定的な役割を果たすことしかできない」ということであった。よりシンプルに言うなら、「学校の力は、家庭の力を上回ることができない」ということである。「学校無力論」につながりかねないそれらの議論は、さまざまな反応を各界に引き起こしたが、そのうちの1つが、「学校の力を改めて見直そう」というスタンスにもとづくエフェクティブ・スクール研究ないしは「学校効果」（schooleffects）研究の勃興であった。

家庭を中心とした環境的要因が子どもたちの学力形成に大きくかかわっているというのは疑いのないところだが、決して学校は無力などではない。「学校は違いを生み出すことができる（schoolmakesadifference）」。これが、エフェクティブ・スクール研究ないしは学校効果研究に集った研究者たちのスローガンであった。初期における主要な研究としては、アメリカでは、ウェッバーやエドモンズのもの、イギリスでは、ルッターらやモーティモアらのものをあげることができる。なお、エフェクティブ・スクール研究のレビューについては、鍋島（2003）、川口（2006）などを参照願いたい。

こうした研究動向は、今日特にイギリスで、大きく花開いているという印象がある。すなわち、さまざまな問題意識の展開と方法的洗練を経たイギリスの学校効果研究は、今日の労働党政権の教育政策に実質的な影響を与えていると見ることができるのである。具体的に言うなら、今日のイギリスでは各学校のパフォーマンス（子どもたちの学力の状況）が公表されることになっているが、そこにはエスニック情報が加味されるようになっている。すなわち、エスニック・グループ別の学力状況を検討することによって、機会均等の原則が守られているかをチェックできる仕組みが整っているのである。また、「付加価値方式」という考え方が取り入れられ、学力の「平均値」や「相対的な高さ」だけでなく、子どもたちの学力の「伸び率」もが公的に評価されるようになってきている。これらはいずれも、学校効果研究の展開のなかで産み出されてきた考え方である。

それに対して日本では、それらの研究成果に対して大きな関心を寄せては来なかった。最近までの日本の学校の状況が、それらの研究成果を受け入れる素地を持ちえなかったということであろう。「学力の階層格差を克服する」という視点は、そもそも学力の集団差をあらわにすることを忌避するムードが支配する日本の学校風土には、容易には受け入れられなかったのである。唯一の例外が、関西における「同和地区の子どもたちの低学力問題」への現場レベル・研究者レベルでの対応である。今日の筆者らの研究も、この延長線上にある。

ひとこと付言するなら、「エフェクティブ・スクール」の考え方は、あくまでも「点数化できる学力」にかかわるものであり、「点数化できない学力」に関して言及するものではない。「エフェクティブ・スクール」をあまりに近視眼的に追求することは、点数至上主義を招き、学校教育の役割を矮小化してしまうものであるという指摘もなされている。その有効性と限界の双方を視野におさめた研究の蓄積がのぞまれるところである。