学校外教育活動に関する調査

    PAGE 1/10 次ページ

解説・提言2
 担い手からみるスポーツ・芸術活動の分断と格差


首都大学東京准教授 西島 央

1.はじめに

子どもがスポーツ・芸術活動をする際には、一般的にそれらの活動の担い手となるような何らかの団体や教室などに所属して活動をする。しかしながら、子ども自身が活動をしたい、または保護者が子どもにさせたいと思う活動をするために所属できる担い手は、そうどこにでもあるものではない。

私は、中学校の部活動でサッカーを本格的に始めた。しかし、同級生の部員のなかには、小学校のときには地域のサッカークラブなどに所属していて、中学校で学校の部活動に移ってきた者もいた。大学に進むと、大学の体育会やサークルで続ける者もいたが、自分に合うチームがないなどの理由で続けなかった者もいた。そしてOB会などの機会がなければ、中高時代の部活動の仲間と一緒にサッカーをする機会はなくなってしまった。

つまり、担い手が学校段階ごとに途切れることで、スポーツ・芸術活動が分断されてしまっているのである。

また、小学校低学年の頃には、民間企業が経営する集団レッスンのピアノ教室に通っていたが、個人経営の教室で1対1でピアノのレッスンを受けている同級生がいて、難しい曲を習っていることに感心したりしていた。ところが、大学に入って全国各地から集まってきた友だちと話していると、スポーツ・芸術活動を経験できる機会が中学校や高校の部活動くらいしかなかった者もいて、民間企業の集団レッスンでもそんなに小さいころから音楽に触れる機会があったことをうらやましがられたりした。

つまり、どのような環境にあるかによりアクセスできる担い手に違いがあることで、スポーツ・芸術活動経験に格差が生じているのである。

子どもの学習の場合でも、公立学校や私立学校、放課後の学習塾などをめぐって、学習指導の担い手の格差の問題が、保護者はもちろん社会的にも高い関心がもたれているように、スポーツ・芸術活動もまた、どこでその活動をするかという担い手の問題は重要な関心事となりうる。そこで本稿では、子どものスポーツ・芸術活動の担い手について、学校段階や家庭背景、地域の違いなどからその特徴を描き出し、担い手の「分断」と「格差」の問題について考察することにしたい。

     PAGE 1/10 次ページ
目次へもどる 調査・研究データ