「データで考える子どもの世界」

 若者の仕事生活実態調査報告書−25〜35歳の男女を対象に−

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●キャリア形成におけるキャリアモデルの必要性

キャリアカウンセリングの進め方にはさまざまあるけれども、一般的には、(1)信頼関係(ラポール)の構築→(2)キャリア情報の収集→(3)アセスメント(自己分析、正しい自己理解)→(4)目標設定→(5)課題の特定→(6)目標達成へ向けた行動計画→(7)フォローアップ、カウンセリングの評価、関係の終了というステップがとられる(宮城2002、p.145-146)。これらのうち、(2)の情報収集や(3)の自己分析については、各種ツールの普及により、その機会を子どもに提供することは容易になっている。それに比して、(4)の目標設定は非常に困難な作業である。なぜならば、産業構造の変化により、「学校から職場への移行システム」が大きく変容した現在、将来を見越した仕事上での目標設定を子どもたち個人が行うこと、あるいはそれを学校教育のなかで支援することが容易でなくなったからである。また家族規模の縮小、地域コミュニティの希薄化、職住分離が進行するなかで、子どもたちが働く大人と出会う機会は減っている。今、子どもたちには、親、学校の教師、塾・予備校の講師以外の大人との出会いはほとんどないと言ってよい。つまりキャリアの目標を設定しようにも、そのモデルがあまりに少ないのである。

古野(1999)は、キャリアモデルを「憧れの先輩モデル」1)と定義しており、それは「伝記に載るような偉人もあれば、身近なところでは、父親、母親、親戚、あるいはOB・OG、会社の先輩」の場合もあるとしている。そして、「多くの人生の先輩に出会えば、共感し、憧れる人に出会う確率も高まる…(中略)…将来の働き方を、そのような先輩を見ることによって、リアリティをもって描くことが可能になる。すべての芸事が模倣から始まるように、憧れの先輩を模倣することからキャリアデザインは始まり、実際に働くことを通して、『自分らしさ』=自分だけのキャリアデザインは描かれていく」と述べている。

自分が出会った大人たちのなかから、自らのキャリアモデルを選択し、それを模倣しながらキャリアデザインを行う機会の存在が、若者の仕事上の充実感につながっているのだろう。子どもは、親や学校の教員がたとえキャリアモデルにならないとしても(実際はそのほうが多い)、大人になる他の方法を知るために、それ以外のモデルを必要としている。とりわけ学校文化(価値観)と親和性をもたない文化(価値観)をもっている子ども層にとっては切実である。なぜならモデルが見いだせない場合は、大人になること自体を拒絶する可能性があるからだ。

しかしながら、キャリアモデルを複数提供するだけでは不十分であろう。単なる「憧れ」では、現実の職業選択にあたってイメージとのギャップに戸惑うことが容易に予想される。キャリアモデルとの出会いにはその内容の充実度も要求される。

ここで再び、本調査の結果に戻ろう。「地域の行事に参加すること(お祭りや子ども会など)」という項目に着目したい。このような具体的な共同体に参加することで、子どもは役割を与えられる。ここで単なる出会いを超えた、共同体のなかでの役割遂行という真正な学びが始まるのである(LaveandWenger1991)。子どもは、共同体に先に参入したメンバー(先輩)を成長のための階梯と見なすだろう。それは1年後、3年後、5年後、10年後の自らのキャリアモデルとなる。このように、子どもにとって、親・教師のような<タテの関係>や友人同士での<ヨコの関係>だけではなく、少し先を歩く先輩たちとの<ナナメの関係>こそ、成長の足がかりとして欠かせないものだ。

●キャリアモデルを活用した教育実践例

では、こうした調査結果を具体的な教育現場でどのように応用していくことが可能なのだろうか。以下では、キャリアモデルを活用した教育実践例を提起したい。

まず保護者は、キャリアモデルの選択肢を増やすために、自らも含めて、できるだけ多くの大人と接する機会を作るとよいだろう。その際、子どもにキャリアの選択を迫るだけではなく、自身の仕事についてその喜びや苦労を具体的に語ることが重要だ。また、幅広い年齢から構成されている共同体(地域、趣味、市民活動団体等)に子どもを所属させ、役割を与えることもよいだろう。

学校場面において、容易に実施可能なプログラムは、キャリアモデルを見つけさせることである。平尾(2005)は、大学生を対象としたキャリア教育の授業のなかでこれを実践し、個人のキャリアデザインに有効であったと結論づけている。平尾は課題付与にあたって、キャリアモデルは、(1)働き方が共感できる人、(2)実在の人物であること(会っていなくてもかまわない)、(3)書籍・ホームページ等で調べても実際にインタビューしてもOK、(4)なるべく家族は避けるという指示をしている。

キャリア教育の一環としての「職場見学」や「インターンシップ(職場での仕事経験)」は日本の教育現場でも広がりつつあるが、実施にあたっては、職場でできるだけ多くの大人と出会う機会を作ること、また短時間であっても子どもに役割を与えることが大切だ。これらが満たされていれば、たとえ仕事経験が単調なものであったとしても、子どもはそこに意味を見いだすことができるだろう。

学校のOB・OG、地域で働く人などをゲストとして招く「ビジネス・スピーカー」はまさにキャリアモデルを活用した教育プログラムだ。実施の際は、複数のモデルを提示し子どもに選択する機会を与えること、ゲスト1人あたりの子どもの数を少なくしできるだけ双方向の対話を可能にすること、企業経営者など社会的に数少ないモデルよりも身近な仕事をしているゲストを呼ぶこと、年齢があまりにも離れているモデルよりも数年後がイメージできるような子どもの年代に近いゲストを呼ぶことが可能であれば効果的だ。

「インターンシップ」に比べて、実施にあまり手間がかからず、キャリアモデルの提示として有効なものが、「ジョブ・シャドウ」である。子どもは、文字通り仕事をする大人の影となって、半日もしくは1日間、職場で後をついて歩く。「ビジネス・スピーカー」では仕事の一面しか知ることができないが、「ジョブ・シャドゥ」では仕事を多面的に理解することができる。「ビジネス・スピーカー」と「インターンシップ」の間に実施するとよいだろう。

共同体への参加を、受け入れ先の職場で実現することは相当困難である。それを擬似的に可能とするのが「学校内企業」である。具体的には、学校内に、レストラン、自動車修理工場、保育施設、銀行、売店等を設置し、生徒に仕入れから販売までを任せるものである。生徒たちは経営母体となる組織を作り、社長を始めとする役割分担を行って、業務にあたる。教職員や他の生徒を相手にした本物のビジネス経験が学びのリアリティを生み出す。米国の高校において広く取り入れられている手法である2)


【注】
1) 正確には、ここでは、古野(1999)は「ロールモデル」の定義をしているが、本稿では古野の言うロールモデルをキャリアモデルと呼ぶ。

2) これらのキャリア教育手法については、佐藤(2002)を参照。

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