学びが深まるIT活用 スペシャルインタビュー 自己学習の「道具」としてのICT
赤堀侃司

▲東京工業大学教授

赤堀侃司

Akahori Kanji

1944年生まれ。東京工業大学教育工学開発センター、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻の教授および日本教育工学会会長を務める。研究分野は、メディアコミュニケーションや情報教育の実践的研究など。『情報モラルを鍛える−子どもに求められるコミュニケーションのちから』(ぎょうせい)、『授業の基礎としてのインストラクショナルデザイン』( 日本視聴覚教育協会)をはじめ著書多数

VIEW21[小学版] ともに語る、考える。ベネッセの教育情報誌
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学びが深まるIT活用
スペシャルインタビュー

海外と比較する日本のICT教育
自己学習の「道具」としてのICT 注1

注1:Information Communication Technology(情報通信技術)の略。海外では、教育分野における情報技術は、ITよりもICTという用語で呼ばれることが多い

諸外国では、どのようなICT教育を実践しているのだろうか。北欧やアジア諸国を視察した東京工業大学の赤堀侃司(かんじ)教授が、韓国、中国、シンガポール、フィンランド、オーストラリアなどの事例を交えながら、今後の日本の教育が取るべき針路を語る。

ハード面もソフト面も異なる各国のICT教育

 現在、各国ではICT教育が進められていますが、その様子は国によってさまざまです(図1)。私が視察した国の中で、ハード面において最先端にいるのは韓国とシンガポールでしょう。どちらの国の小・中学校でもパソコンやプロジェクターが普通教室に常設され、子どもたちは日常的にICTに慣れ親しんでいます。韓国では、教師がデジタル教材をインターネットから無料でダウンロードできるサービスがあります。私が視察したシンガポールの学校では、子ども一人ひとりにPDA(携帯できる小型端末)を渡しており、子どもたちが自由に使いこなしている姿が印象に残りました。
  韓国やシンガポールは、国土が比較的狭いため、ハード面の整備をしやすい事情があります。日本も同じ方向性を目指していますが、同様の設備を全国にくまなく行き届かせるには、大規模な予算が必要になるでしょう。
▼図1 クリックすると拡大します
図1
  授業の形態も、国によって異なります。大きく分けると、日本や韓国、中国などのアジア諸国のICT教育は30〜50人程度の一斉授業、一方、欧米やオーストラリアでは個別授業が中心です。
  それには歴史的な事情が関係しています。近代以降、日本をはじめとしたアジア諸国では「欧米に追いつけ、追い越せ」という発想から、効率よく知識を習得させるために、教師から多人数の子どもへの一斉授業のスタイルを採用してきました。しかし今では、同じアジア圏でも国による違いが生じ、日本は、グループ学習や子どもに主体的に考えさせる教材を取り入れることで、個を重視した授業に移行しつつあります。一方、中国では、かつての日本で見られた詰め込み型の一斉授業が主体で、「正解は教師が子どもに教えるもの」という観念に貫かれています(写真1)。中国からの移民が多いシンガポールにも、その影響が見られるようです。
写真1
写真1 中国・広州の小学校での授業の様子。子どもたち全員が前をしっかり向いて、教師の言葉に耳を傾けている。規律がよく守られており、整然とした雰囲気の中で授業が進む
  それとは逆に、欧米では授業の主役は子どもたちで、教師はあくまでもサポート役に徹しています。子どもは一人ひとり異なる価値観や考え方を持つという思想が根本にあるからでしょう。フィンランドやオーストラリアの授業では、教師は一見、生徒のまわりをぐるぐる歩き回っているだけです。それでも授業が成立するのは、子どもたちに「自ら学ぶ」という姿勢と同時に、「授業中はおしゃべりをしない」「人の話はきちんと聞く」といった最低限のルールや責任感を小さいときから身につけさせているからだと思います(写真2)。
  日本では、「学級崩壊」に象徴されるように、授業そのものが成立しないケースがしばしば問題となっています。これは、欧米のように個を重んじる授業に転換しながらも、そうした授業の前提となるルールや責任感を身につけさせてこなかったからではないでしょうか。今後、より欧米型の自由な教育を推し進めるのか、あるいは、中国のように教師の権威で子どもを律していく方向に立ち戻るのか。その狭間で揺れているのが日本の現状ではないでしょうか。この先、欧米型の方針を強めるのであれば、その土台となるルールや責任感をきっちり身につけさせることが非常に重要です。
写真2
写真2 フィンランドの授業の様子。教師は机間を歩き回り、必要に応じて指導している。学習進度によって、各々学習内容も異なる

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