「データで考える子どもの世界」

第2回【識者インタビュー】 国際的視点からみた保幼小接続
            ─ 海外の幼児教育・保育の最新動向から日本の保幼小接続を考える

このエントリーをはてなブックマークに追加

欧米で子どもの発達を長期にわたって追跡調査した研究成果が発表されてから、幼児期の保育・教育への関心が世界的に広がりつつある。今回、OECD(経済協力開発機構)のECEC(Early Childhood Education and Care 幼児教育・保育)ネットワークのメンバーであり、世界の幼児教育・保育、学校教育に詳しい秋田喜代美先生に、海外の調査研究の成果や最新動向、また、日本の幼児教育・保育、保幼小接続に関する課題などをうかがった。

プロフィール

秋田 喜代美 先生

秋田 喜代美 先生
東京大学大学院教育学研究科教授

あきた・きよみ●東京大学大学院教育学研究科教授。立教大学文学部助教授等を経て現職。専門は、発達心理学、教育心理学、教師教育。文部科学省「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議」副座長も務める。近著に、『学びの心理学:授業をデザインする』(左右社)

【要旨】

  • (1) イギリス、アメリカなどの子どもの発達に関する縦断追跡調査の結果、質のよい幼児教育・保育を与えることが、経済的にも社会的にも有効であることが認識されている。
  • (2) これからは、発達に遅れのある子も優秀な子も、どちらも伸ばす幼児教育・保育が重要。
  • (3) 幼児期から小学校への移行期には、生涯にわたって学び続けられる力を重要視することが世界的な潮流になっており、それに各国の特色を入れたカリキュラムがつくられている。
  • (4) 日本は幼稚園・保育所への就園・入所率が高く幼児教育・保育の質も高いが、保幼小連携・接続に関する取り組みは自治体による差が大きい。
  • (5) 幼児期の終わりから小学校低学年にかけては、学ぶことの意味を知り、学び方を身に付ける時期。小学校では子どもたちが挑戦したくなるような課題を与えて、「学びがい」を感じさせることが大切。

Q. 海外で幼児教育・保育への関心が高い理由や背景は?

秋田先生は、OECD(経済協力開発機構)の保育白書『Starting StrongV』(2012年1月発表)にも参加され、海外の幼児教育・保育にお詳しいと思いますが、欧米などで幼児教育・保育に対する関心が高い背景や取り組みをご紹介ください。

A. 長年の調査研究結果から
質の高い幼児教育・保育が格差是正にも有効だとわかってきた

『Starting Strong』(人生の始まりこそ力強く)は、OECDのECEC(Early Childhood Education and Care)ネットワーク参加国の幼児教育・保育政策に関する調査報告書ですが、2001年に1回目が出され、2006年に2回目、そして今回で3回目です。日本が参加し報告書に日本のことが掲載されたのは今回が初めてです。

OECDのような国際経済について協議する機関が幼児教育・保育に注目する理由は、幼児教育・保育への公共投資が、経済的・教育的に国の経済成長にとって有効であるといわれるようになってきたからです。それは、1990年代からアメリカやイギリスを中心に、子どもの発達を追跡するさまざまな調査が行われた結果、幼児期の学びがその後の子どもの発達や人生に大きな影響を及ぼすということがわかってきたことによります。

よく知られているのは、ノーベル経済学賞受賞者のシカゴ大学J.ヘックマン教授の主張です。幼児教育・保育への投資が社会全体にもたらす経済効果は、その後の就学期、就学後への投資よりはるかに大きいというものです。つまり、幼児期に質の高い教育・保育を行えば、子どもが成人したときの税負担の能力が高まり、そればかりか生活保護などの社会保障費用も抑制できるというものです。

図1は、アメリカの国立小児保健・人間発達研究所(NICHD)のデータで、保育の質が子どもの発達(就学準備状況<レディネス>)にどう影響するかを世帯の年収別にみたものです。

図1.  36カ月: 収入による保育の質と就学レディネス得点

36カ月: 収入による保育の質と就学レディネス得点

McCartney, Dearing, Taylor, & Bub, 2007

真ん中の太いタテの線が平均世帯年収で、右にいくほど年収が高くなります。そして、タテの太い点線より左側がいわゆる生活保護世帯のような経済的に苦しい世帯です。

横の実線は質の高い保育で育った子ども、2本の点線のうち、細かい点線は質の低い保育で育った子ども、幅・間隔が広い点線は幼稚園・保育所に行っていない子どもの就学準備のレディネステスト得点を表します。

これをみると、年収が高い世帯では保育の質による子どもの発達にあまり差はありません。ところが経済的に苦しい世帯では、保育の質が子どもの発達に大きく影響していることがわかります。

経済的に厳しい層ほど、質の高い保育を受けることで子どもの発達における格差を緩和できるのです。格差は雪だるま式に累積していきますので、経済的に恵まれない層も含めて幼児教育・保育の質を高めていくことが、社会保障政策的にも意味があることがわかります。

図2はOECDの会議資料データで、イギリスの効果的な就学前・学校教育プロジェクト(EPPE)結果です。イギリスでは5歳で小学校に入学しますが、11歳(6年生)になったとき、幼児教育・保育の質が子どもの成長発達にどのような影響を与えているかをみたものです。

図2.  保育の質と自己統制、向社会的行動 (age 11)

保育の質と自己統制、向社会的行動 (age 11)

図では、自己統制力とか、困っている人を手助けしようとするような向社会的行動にどのように影響しているかを表していますが、読み書き・数などのリテラシーほか123項目で幼児教育・保育の効果も調べています。図でも明らかなように、質の高い幼児教育・保育を受けた子どものほうが、11歳になったときの自己統制力や向社会的行動能力が高くなっています。同様に、効果の高いプログラムは40項目にものぼるそうです。

なお、多くの調査結果からわかっているのですが、幼児教育・保育の効果は、子どもの年齢が上がるにつれて薄れてきます(ただし、語彙力はずっと影響を与え続けます)。けれども社会情緒的な側面は変化がなく、年齢によらず一定の影響を与え続けていることもわかっています。

したがって、知的社会的両面の発達から「幼児教育・保育は、公共投資として有効だ」といわれるようになってきています。そして、幼児期から就学への移行期も、認知的な能力の視点からだけでなく、対人関係や自己調整など「学びに向かう力」を発達させるための効果的なプログラムを組むような流れがあるのです。

TOP

Q. 世界的に見て、これからの幼児教育・保育の課題は何ですか?

幼児教育・保育の質に早くから取り組んできた海外では、これから何を重視し、どのような方向に向かおうとしているのでしょうか?

A. どの子も伸ばす質の高い教育・保育を提供すること

1980年代から1990年代前半までは、経済的に恵まれない層の子どもや少し発達に遅れがある子どもは、早めに幼児教育・保育を始めるとよいといわれていました。しかし、2000年以降は、「どの子にとっても、質の高い教育・保育を受けることが大切」といわれ始めました。社会的・経済的な格差が大きくなっていくなかで、格差なく、段差なく、落ちこぼれをつくらないようにというのは、どこの国でも大事にされていることです。

ドイツの幼小接続プロジェクトのデータで興味深く感じたのは、「割合よく発達している子どもは、幼稚園に入ってから必ずしも十分に伸びていない」というものでした。発達に遅れのある子どもを伸ばすのは大事ですが、優秀な子どもも伸ばせる幼児教育・保育のあり方を考えなければならないことをドイツの研究者は指摘しています。

そこで、教育・保育内容の評価の尺度としてイギリスで重視されているのは、挑戦的な活動を行うことで、子どもの持っている力を十分に伸ばせているかどうかという点です。わかっていることを繰り返すような活動では、早くできるようになることはあっても、創意工夫は生まれません。

保育の質の高い園では、子どもが知的にも身体的にも自分の能力を十分発揮できるような活動が組み込まれ、子どもたちが友だち同士でうまく関わりながら遊べるように、保育者が上手に間に入って支えています。

ドイツでも、以前は、やさしいリテラシー・ヌメラシー(注)に重点を置いていましたが、小学校入学後に大切になるのは、単に文字が読める、計算ができるということではなく、長いお話や自分の考えをまとめたり表現できる"談話能力"で、そういう力を身に付けているかも問われるようになりました。

こうした背景もあって、OECDではいま、保育の質と子どもの発達の関係をみるための大きな国際指標データベースをつくろうと議論しています。

各国がどのような保育の質・基準を持ち、子どもたちの育ちはどのような状態で、そしてそれがPISAの結果にどのようにつながり、どのような「成人力(成人が持っている日常生活や職場で必要とされる技能)」を生み出しているかなどをお互いに出し合い、比較し合おうというものです。

就学準備についても、幼児期からうまく小学校につなげていくために各国でどのようなカリキュラムが準備されているか、データベースをつくり、それを基に学び合おうという動きになっています。

(注)ヌメラシー(numeracy):基本的な数に関する能力、計算能力のこと。

TOP

Q. 幼児期から小学校への移行期の教育について、海外での潮流は?

データベースとしてはこれからだそうですが、海外では幼児期から小学校への移行期にどのようなことを重視しているのですか?

A. 生涯学習に必要な力を意識し、国の歴史、価値観、政策などでそれぞれの特色をもっている

「乳児期とともに幼児期、とくに5歳〜7、8歳は大事」という考え方はどの国でも認識され、5歳児の教育・保育をどのような内容にすれば、その後の子どものよりよい発達につながるかは、欧米に限らずどこの国でも議論になっています。お隣の韓国では、5歳児の「幼保一体カリキュラム」をつくりましたが、そこでは、リテラシーよりも市民性や全人的発達、創造性を重視しています。

OECDでは、知識基盤社会である21世紀を生きるのには、「自律的に行動する」、「異質な立場の人と協同的にかかわる」、「道具(ことばも含む)を状況に応じてうまく使う」力の育成を求めています。

基本的には同じことですが、私自身は、ユネスコの定義がわかりやすいと思っています。要するに、「学び方を学ぶ」、「共に生きることを学ぶ」(共生)、「やり方を学ぶ」(さまざまな道具の使い方を学ぶ)、「あり方を学ぶ」(自分って何だろうと考える、自己形成の力)が大事だといっています。

ただし、国によって育てたい子ども像や育成のビジョンは異なります。抱えている問題も国によって違うので、例えばドイツのように重化学工業で国をつくってきたところは科学的な力が大事だとし、スウェーデンなら人権やいのちといった価値が大事だとしています。

そういったそれぞれの国の特色はカリキュラムに反映されていますが、基本的には類似したカリキュラムをつくっています。それは21世紀に求められる能力についてはみんな共通認識を持ち、同じ方向に向かっているからだと考えています。

TOP

Q. 日本の保幼小接続の課題は何ですか?

日本でも2008年の幼稚園教育要領改訂・保育所保育指針の改定のあたりから保幼小連携・接続を重視する動きが強まっていますが、海外の動向と比較しての違いや問題点はなんでしょうか?

A. 自治体による差が大きいこと

日本が幼児教育・保育を重視し始めたのは、欧米の流れとは少し違います。「子どもの育ちのためにはこれがよい」として、エビデンス・べースで(根拠に基づいて)動き出しているのではなく、むしろ研究開発学校のモデルや「小1プロブレム対策」として、行政主導で行われているのが日本の保幼小連携・接続の特徴です。OECDのECECネットワークに参加したのも、2006年からですから。

しかし、日本の幼児教育・保育の質は高いです。しかも、4、5歳になると、ほとんどの子どもが幼稚園か保育所に就園・入所しています。ただ、保育者一人あたりの子どもの数は、3歳以上の場合35人で、これは世界的にみても多過ぎます。長時間保育の問題もあります。しかし、子ども同士がうまく育ち合うような工夫をし、保育者たちの高い資質で支えているのだと思います。

保幼小連携・接続については、全国調査をしてみると、充実しているところからそうでないところまで、自治体によってかなり差が大きいです。

もう10年以上も連携・接続を続けているところは、保幼小が密接に授業・保育の相互参観をしたりしています。しかし、一方で、「合同研修会をどのようにやったらよいかわからない」とか「やりたいけど予算が不足している」いう自治体も多いのが現実です。

指定校や先進校が報道されるのでどこでも実施しているように思われますが、実際に調べてみると、「準備中」が多いのです。「接続カリキュラムをつくっている」というところでも、入学前の5歳後半から行う「アプローチカリキュラム」、入学後の「スタートカリキュラム」の両方を作成し、しかも特別支援への配慮に加えて、保護者との連携までを加味したカリキュラムがつくられている例となると、極めて少ないのが現状です。

TOP

Q. 入学したばかりの子どもに小学校教師ができる支援は?

子どもたちが幼稚園・保育所で身に付けた力を小学校でうまく伸ばすために、小学校ではどのように支援すればよいでしょう。

A. 挑戦したくなる課題でわくわく感や「学びがい」を

幼児期の終わりから小学校にかけては、「学ぶとはどういうことなのか」という学びの意味を知り、学び方を身に付ける時期です。これからの学びでは、先生から教わることも大事ですが、友だちの意見や考えを聞いてそこから学んだり、それに対して違う意見を言ったりして一緒に考えていく、協同し学び合う力が大事になることを子どもたちが学んでくれるとよいのではないでしょうか。

そのような力を育てるには、「わかった?」と聞いて早く手を挙げた子に答えさせるような授業ばかりではなく、「何通り考えられるか隣同士確認してみて」とか、「友だちの考えを聞くと、いろいろな考えがわかっておもしろいね」などと気づかせ、学び合うクラスにしていけたらよいと思います。

子どもへの質問も、「はい」「いいえ」で答えられるような"閉じた質問"ではなく、「○○ちゃんの考えに、あなたはどう思いますか?」というような"開いた質問"をたくさんするのです。また、友だちの意見にうなずくなど、よい聞き方をしている子どもも認めます。

そうすることによって、子どもは「認められているのだ」という自信を持ち子ども同士の横の関係もできますので、クラスも落ち着いてきます。それぞれの子どもの主体性が発揮できる機会をいろいろ与えてくださるとよいのではないかと思います。

子どもたちが本当に求めているのは、「学びがい」です。幼児期の遊びでは、子どもたちは主体的に挑戦して遊び、満足感を得ていました。小学校でもそのような学びであってほしいです。

挑戦したくなる課題とは、子どもに「ああ、知っている」「答えがわかっている」と思わせない内容のことです。以前、鳴門教育大学附属小学校1年生と幼稚園児が混合で、学校の中のいろいろなものを数える授業にうかがったことがあります。

そこでは、泳いでいる池のコイを数えようとしていました。赤いコイを数える子と白いコイを数える子に分かれて数えるとか、写真に撮って数えるとか、いろいろなアイデアを出し合って数えていました。

子どもってすごいなあと思うのは、自分ひとりでも数えられそうな簡単なものは数えようとしません。砂利やタイルとか、みんなで工夫しなければ数えられないものを好んで数えていました。そうした子どもをわくわくさせるものが、「挑戦したくなる課題」だと考えています。

Q. 保護者がこの時期、気をつけたいことは?

子どもをうまく小学校での学習生活になじませていくために、保護者として入学期に気を配りたいことはなんでしょうか?

A. ゆとりを持って学校に送り出して

「学校は楽しいところ」というメッセージを子どもに伝えることが大切です。また、忘れ物があったり、授業などの準備ができていなかったりすると、仲間に入れないので、お子さんと一緒に翌日持っていくものを点検したりして心配や不安をなくし、学校にうまくなじめるように物理的な準備をするのもよいでしょう。

早寝早起きの生活習慣をつけることはもちろんですが、あわてて朝食をすませ、せわしなく始業に間に合わせるのでなく、落ち着いて学校に行き、友だちと楽しく関われるように、朝、ゆとりを持って子どもを送り出してあげてください。

小学校は幼稚園・保育所に比べて集団の規模が大きいし、友だちと比較されて自信を失いがちになります。低学年でも、「おれってバカだし」とか「これ、できないし」などと平気で言います。子どものしていることをちゃんと見てあげて、「あきらめないでやっているところがあなたのよいところよ」としっかりよさを伝え、自信を持たせてほしいです。[END]

2012年12月19日 掲載

 関連情報はこちら

このエントリーをはてなブックマークに追加