第4回(最終回)【ベネッセ研究員より】
「学びに向かう力」と小学校以降の子どもの育ちについて
                                  〜『幼児期から小学1年生の家庭教育調査』等より〜

このエントリーをはてなブックマークに追加

ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 主任研究員 高岡 純子

ベネッセ教育総合研究所 『VIEW21』編集長 小泉 和義

【要旨】

特集「保幼小接続の『いま』と『これから』」の最終回となる第4回では、保幼小接続の先にある小中高校での課題との関連を視野に入れながら、保幼小接続の重要性について検討する。 幼児期に必要な学習準備の要素として「生活習慣」「文字・数・思考」「学びに向かう力」 の三つの軸がある。とくに幼児期に遊びの中で、人とかかわる経験、自分の感情をコントロールするなどの経験(「学びに向かう力」)を重ねるほど、小学1年生での家庭学習に向かう姿勢が高い傾向がみられた。 小学校以降の学びにかかわるさまざまな課題は「学びに向かう力」の不足に起因するのではないか。そのため、学校と家庭が連携しながら、保幼小接続期にとどまらず、小中高校段階でも継続的に「学びに向かう力」を育てていくことが必要だ。

第1回から第3回は、保幼小接続の「いま」と「これから」をテーマに、国内で起こっていることや世界の潮流、親の悩みについて触れた。最終回となる第4回では、保幼小接続の先にある小中高校での課題との関連を視野に入れながら、幼児期で育てるべき力は何か、また上の学校段階でさらにそれらの力を伸ばしていくために、どうしたらよいのかを検討し、少しでも解決策に結びつけられたらと考えている。

学びの土台となる3要素

小学校入学は、親にとって、子どもの成長を実感する節目であると同時に、生活環境が大きく変化することで親も子も不安を感じる時期でもある。「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(ベネッセ教育総研次世代育成研究室 2012年1月実施)では、小学1年生の母親にこの時期のことを振り返ってもらい、「入学前に身につけておいたほうがよかった」と思ったものは何かと尋ねたところ、「まわりの人に『おはよう』『さようなら』『ありがとう』などのあいさつやお礼を言える」「物事をあきらめずに、挑戦することができる」「えんぴつを正しく持てる」といった意見が多くあがった。これらは以下の三つに分類できる。

(1)生活習慣(周囲へのあいさつ、など)

(2)文字・数・思考につながること(えんぴつを正しく持つ、など)

(3)学びに向かう力(あきらめずに挑戦すること、など)

小学1年生の母親たちはこの三つを、小学校以降での学びの土台として幼児期の子どもが身につけておいたほうがよい要素であると実感したうえで回答したのではないかと考えられる。

(3)の「学びに向かう力」とは、自分の気持ちを言う、相手の意見を聞く、物事に挑戦しようとするなど、自己統制や好奇心、人にかかわる力などが考えられる。

文字・数の習得とは異なり、目に見えにくい力であるため、入学準備の時期に話題にされることはほとんどないだろう。しかし、実は小中学生の親の気がかりとして、上位にランクインしている項目と通じるものであり、小学生以上にも共通する子育ての課題であることがわかる。

表1は、第3回でも一部を紹介した小学1年生から中学3年生までの親の、子育ての気がかり・悩みを並べたものである(ベネッセ教育総合研究所「第4回子育て生活基本調査」2011年9月実施)。

表1.  現在の子育ての気がかり(学年別)

現在の子育ての気がかり(学年別)

出典:ベネッセ教育総合研究所「第4回子育て生活基本調査」(2011年)

TOP

ほとんどの学年で、「整理整頓・片づけ」「友人とのかかわり」が上位に入っている(上の表1、網掛け部分)。子どもの成長段階によって、具体的な内容は異なるだろうが、「整理整頓・片づけ」は生活習慣に関連すると同時に、自分自身をコントロールする力、自己統制力にも関係している。

「友人とのかかわり」は協調性や人とのかかわりにつながっている。さらに現在の生活だけでなくもう少し先の見通しを尋ねると、子どもが「社会に出るまでに身につけさせたいこと」は何かという問いでは、「人との関係づくり」がトップにあげられている(図1)。これも協調性や人とのかかわりと同種のものだろう。

このように、「学びに向かう力」とは、その後の子育ての中でも親が重視しており、かつ土台となる、重要な位置を占める力であるといえる。

図1. 社会に出るまでに身につけさせたいこと(年少児〜年長児)

現在の子育ての気がかり(学年別)

注:「とてもそう思う」の割合(%)

出典:ベネッセ教育総研次世代育成研究室「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012年)

TOP

「学びに向かう力」と親のかかわりの関係

「学びに向かう力」は、小学1年生での家庭学習の姿勢との関係が見出されている。幼児期に集中して遊んでいたり、生き物や植物に興味を持っていたり、わからないことをまわりに質問したりしていた子どもの場合、小1で、勉強が終わるまで集中して取り組む割合は6.5割を占め、家庭学習に向かう姿勢がより高い傾向がみられた(図2)。幼児期にさまざまなことに集中し夢中で取り組む経験は、その後の学習活動でも生かされていくことがうかがえる。

図2. 幼児期の集中・興味・質問の経験と、小1での家庭学習の様子

幼児期の集中・興味・質問の経験と、小1での家庭学習の様子

※ 幼児期の集中・興味・質問の経験:幼児期の学習準備を振り返る3項目「好きなことに集中して遊んでいた」「生き物や植物に興味を持っていた」「わからないことについて、まわりに質問していた」について、"とてもあてはまる"を4点、"まあまああてはまる"を3点、"あまりあてはまらない"を2点、"ぜんぜんあてはまらない"を1点として算出し、平均点を3区分した。すべて回答した人のみ分析した。

出典:ベネッセ教育総研次世代育成研究室「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012年)

「学びに向かう力」には親のかかわり方が関係していることも、調査結果から示唆された。親がより多く「子どもの質問に対して、自分で考えられるようにうながしている」場合、「物事をあきらめずに、挑戦することができる」「人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる」割合が高くなる傾向がみられた(図3、4)。

子どもが自分で考えられるようにうながすとは、大人が一方的に言葉を引き出そうとすることではなく、聞き手として子どもの言葉に耳を傾けて子どもの言いたいことを膨らませたり、言葉を代弁し受け止めることによって、子どもが「自分で考えをより詳しく深める」意欲を持てるようにすることだろう。

TOP

図3. 物事をあきらめずに、挑戦することができる(年長児)

物事をあきらめずに、挑戦することができる(年長児)

注:「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の割合(%)

出典:ベネッセ教育総研次世代育成研究室「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012年)

図4. 人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる(小1)

人に自分の気持ちを伝えたり、相手の意見を聞いたりすることができる(小1)

注:「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の割合(%)

出典:ベネッセ教育総研次世代育成研究室「幼児期から小学1年生の家庭教育調査」(2012年)

以上のように調査結果からは、家庭での親のかかわり方が幼児期の子どもの「学びに向かう力」を育むうえで重要な役割を担っていることがうかがえた。保幼小接続期においては、幼稚園・小学校教諭・保育士の働きかけも同様に重要と思われる。

親と幼稚園・小学校教諭・保育士とが連携しながら子どもの成長・発達を見守ることが大切であり、小学校入学以降はさらに友人や学校とのかかわりが強まる中での継続的な「学びに向かう力」の育成が必要となるだろう。

(高岡純子)

TOP

小中高生の学習の現状

次に、ベネッセ教育総合研究所で実施した「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年)の結果から、小学生から高校生の学習実態はどうなっているかをみてみたい。図5のとおり、2004年から2009年までの小学4年生から高校2年生の家庭学習時間の推移をみると、小学生は若干増加しているが、中学生は減少し、高校生は横ばいであることがわかる。

また、学校段階が上がるにつれ「たくさん勉強する子ども」(「2時間+2時間30分」+「3時間+3時間以上」)と「ほとんど勉強しない子ども」(「ほとんどしない」)に二極化していくこともわかる。一定の割合の子どもはしっかり勉強しているものの、勉強を「ほとんどしない」層に注目すると、学校段階が上がると、全体としては学習離れが進んでいく。

図5. 家庭学習時間(塾を除く)

家庭学習時間(塾を除く)

注1)<>は5分以上差があることを示す。
注2) 平均時間は「ほとんどしない」を0 分、「3 時間以上」を210分のように置き換えて、無回答・不明を除いて算出した。

家庭学習時間

注)「15分+30分+45分」は、1日の学習時間がそれぞれ「15分」「30分」「45分」と答えた層の合計を意味する。以下同様

出典:ベネッセ教育総合研究所「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年)

また、図6によると、「どうしてこんなことを勉強をしなければいけないのかと思う」子どもは学年が上がるにつれて増加し続け、中学2年生で半数を超え、その後も5割台が続く。さらに、図7(ベネッセ教育総合研究所「高校生と保護者の学習・進路に関する意識調査」2011年)では、「大学に行けば、社会で活躍するための実力がつく」と回答する高校生が8割を超えている。

勉強をする意義を見出せない、あるいは大学にさえ行ければ何とかなると考えている子どもが多いことを示しており、外部への依存心が強く、主体性に課題があることがうかがえる。

TOP

図6. どうしてこんなことを勉強しなければいけないのかと思う

どうしてこんなことを勉強しなければいけないのかと思う

出典:ベネッセ教育総合研究所「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年)

図7. 大学進学に対する意識(保護者/高校生別)

大学進学に対する意識(保護者/高校生別)

注1)「とてもそう思う」+「まあそう思う」の割合(%)
注2)( )内は高校生に対する選択肢

出典:ベネッセ教育総合研究所「高校生と保護者の学習・進路に関する意識調査」(2011年)

TOP

小中学校、高校の先生方への取材の中で、「最近、まじめで素直な子どもが増えた一方で、壁にぶつかるとすぐにあきらめてしまうことが多い」という声を頻繁にうかがう。その傾向は、児童・生徒の学力の高低にかかわらず存在するようだ。例えば中学校で、数学の難しい発展問題を宿題に加えた場合、成績の良い生徒であっても、少し考えて「解けない」問題は、その時点で解くこと自体をあきらめてしまったり、学校行事の企画を生徒に任せても、少し難しい問題が浮上すると、すぐに教師に解決策を求めてくるという。

「まじめで素直」という印象は決してプラスの意味ばかりではなく、教師の指示したことには取り組むが、それ以上のことはしない、というマイナスのニュアンスも含んでいる。「無理に挑戦して失敗したくない」「自分から進んで何かをしなくても困らない」と考える子どもたちが増えている可能性もある。

友だちとのコミュニケーションも変化してきている。図8によると、「仲間はずれにされないように話を合わせる」子どもが小中高生のいずれも増加傾向にある。学校現場の教師からは、「子ども同士の表立った対立やけんかは少ない」と聞く。けんかが少ないのは一見よいことのようにも思われるが、裏を返せば本音を出し合いお互いの理解を深めるようなコミュニケーションを回避しているともとれる。

図8. 仲間はずれにされないように話を合わせる

仲間はずれにされないように話を合わせる

注)「とてもそう」+「まあそう」の割合(%)

出典:ベネッセ教育総合研究所「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年)

以上のような状況を引き起こさないためには、保幼小接続期に、物事に粘り強く挑戦する力、人とかかわる力といった「学びに向かう力」をしっかりと育成することが重要な解決策の一つだ。先に「学習離れ」の問題を指摘したが、挑戦したり、あきらめずに取り組んだりする姿勢を幼児期にしっかりと身につけておけば、たとえ難しい課題に直面しても解決できる可能性が高まる。

また、友だちとの対話の中で、自分の気持ちを伝えるとともに、相手の気持ちを聞く姿勢を身につけておけば、お互いの共通点をみつけつつ、新しい価値を発見できるかもしれない。それらが達成感や自信となり、学びの意欲につながっていくのではないだろうか。

TOP

小学校以降にも「学びに向かう力」を育てるために

「学びに向かう力」の育成は、保幼小接続期だけでなく、小学校以降も学校や家庭で育成し続けていくことが大切だ。その方法について、学校取材でうかがった実践の中からご紹介する。

一つは、「やったらできた」という経験をたくさん積ませること。難しい課題へのチャレンジを躊躇したり、自分から進んで行動を起こそうとしたがらなかったりする子どもには、大人が意図的に少しだけ高い目標を与え、それを乗り越えさせる機会を多く設けることが必要だ。

「やればできる」と言い聞かせても、達成感を味わった経験のない子どもにとっては、実感が湧かない。そのため、「失敗してもいいんだ」という安心感を与え、経験の過程で適切に褒めることで、行動へのハードルを低くする工夫が必要なようだ。目標をクリアする機会が増えれば、子どもは達成感を味わい、自信をつけていく。

もう一つには、学年を縦断したタテの関係性を生かした取り組みも有効だ。ある中学校では、校区の小学5年生を対象にした中学校での体験授業で、中学1年生を「リトルティーチャー」というサポート役にして「先輩」としての役割を担わせている。中学生は小学生との交流活動を自分たちで考えて企画し、運営している。この活動によって、先輩らしく振る舞おうとする意識が生まれるとともに、後輩から頼られることで、自信もつくのだという。自信がつくと、その結果としてあきらめずに挑戦する姿勢も育っていくのではないか。

友だち同士の対話を通して学ぶ力を育成するには、小集団グループによる「学び合い」が有効な方法の一つのようだ。授業で子ども同士の「学び合い」を取り入れる学校は増えているが、隣の友だちの意見を踏まえて自分の意見を修正したり、グル―プの意見を練り上げていったりするような活動になっている授業はそれほど多くないのが現状だ。子どもにとって切実な課題であり、かつ、正解が一つではないようなテーマを設定し、友だち同士で議論させることで、子どもたちは周囲の声にも耳を傾け、自分の考えを深めやすくなる。

先ごろベネッセ教育総合研究所では、高校生未来プロジェクト「『学び』がボクらを、社会を変える」を実施した。ここでは、「学ぶ目的」自体をテーマに設定し、高校生同士が主役となって討論する機会をつくった。その結果、多くの参加者が学びを前向きに捉えるようになった。

世の中はグローバル化が急速に進展している。解決困難な課題に直面する機会の増加も予測される。そのような状況では、不確実なものにも挑戦するチャレンジ精神や、多様な価値観を受け入れながら解をみつけて行こうとする姿勢が、ますます必要になる。

未来を生きる子ども一人ひとりが輝くためには、その土台として「学びに向かう力」を家庭と学校が連携しながら継続的に育成していくことが、何より必要ではないだろうか。

(小泉和義)

2013年2月19日 掲載

 関連情報はこちら

このエントリーをはてなブックマークに追加