第2回【識者寄稿】
動機づけという視点からみる小中接続期の子どもの学びにおける問題点と解決策

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寄稿者プロフィール

外山美樹先生

外山 美樹先生
筑波大学大学院人間系准教授

とやま・みき●筑波大学大学院博士課程心理学研究科中退。心理学博士。主な専門領域は教育心理学。教室環境(友人関係、教師との関係、教室環境など)が子どもの動機づけに及ぼす影響や自己認知について研究している。著書に『行動を起こし、持続する力』(新曜社)、『やさしい発達と学習』(共著、有斐閣)、『現代のエスプリ ポジティブ心理学の展開』(共著、ぎょうせい)他。

【要旨】

小学校高学年から中学校への移行期は子どもたちの身体的・精神的に不安定な時期にあたり、学習面や生活面といった大きな環境の変化が加わって、不登校やいじめ、意欲の低下など「中1ギャップ」と呼ばれる様々な問題が生じる。子どもの学習のモチベーションを保つため、以下の方法が考えられる。

  • 1.自己有能感をもたせる
    • ・成功体験を多く積ませること
    • ・たくさん褒めること
    • ・適度に期待すること
  • 2.自己調整力を身につける
  • 3.目標を設定する(目標を定める)
    • ・具体的で挑戦的な目標を設定すること
    • ・遂行目標ではなく、熟達目標を設定すること
    • ・長期目標とそれに至る短期目標を設定すること
    • ・学習以外の目標をもたせること

小学校高学年から中学校への移行期の子どもの特徴と中1ギャップ

青年期前期(思春期)にあたるこの時期は、心身の成長のバランスがとりにくく、心理的に不安定になりやすい時期です。小学校時代の比較的安定した精神状態から、きわめて深刻な動揺をもたらす時期で、心理学においては「疾風怒涛の時代」や「第2の誕生」 、「子ども時代に作った積み木を、もう一度作り直す時期」などと呼ばれています。

それは、この時期には、性的成熟を伴う急激な身体的変化が現れ(第2次性徴の出現)、心理的には内省的傾向、自我意識が高まるからです。そのため、この時期の子どもには、不安やいらだち、反抗などといった精神の動揺が顕著にみられます。

このような身体的、精神的に不安定な時期に、小学校から中学校への移行という大きな環境の変化が加わって、不登校やいじめ、意欲の低下など「中1ギャップ」と呼ばれる様々な問題が生じます。

特に近年では、核家族化や、「高度情報化や都市化,少子化といった急激な社会変化の中,教育力が低下してきている家庭や地域社会,子どもたちの多様な実態に十分対応できなくなっている学校」(新名、2007年)という背景も加わり、社会的スキルの定着が不十分なままに中学校に進学しています。昔だったら乗り越えられたこの移行の段差が、自分の力では乗り越えられないほど大きくなっていることが「中1ギャップ」となって顕在化しています。

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学習面での変化

「中1ギャップ」とは、小学校から中学校への移行に際して、新しい環境での学習や生活へうまく適応できないことによって生じる、様々な現象のことですが、この時期にはどのような変化がみられるのでしょうか。学習面での変化としては、主に以下の点が挙げられます。

  • ◎ 授業形態が異なる(小学校では学級担任制、中学校では教科担任制)
  • ◎ 定期テスト(中間テスト、期末テスト)がある
  • ◎ 自分の学力が明確になる(テストの順位など)
  • ◎ 英語の授業が本格的になる
  • ◎ 授業の進度が速く、難易度が高くなる
  • ◎ 自律的に勉強する姿勢が求められる
  • ◎ 学習に対するモチベーションが下がる

このように、小中接続期には学習面において様々な変化がみられますが、ここでは特に「学習に対するモチベーションが下がる」に焦点を絞り、この時期をうまく乗り越えてモチベーションを維持するためには、どのような支援が必要なのかを考えていきます。

小学校から中学校へ移行する段階において、「楽しいから勉強する」 「問題を解くことがおもしろいから勉強する」 「自分の夢を実現したいから勉強する」といった自律的な理由で勉強することが減少し、「怒られるから勉強する」 「やらないとまわりがうるさいから勉強する」 「やりなさいと言われるから勉強する」といった他律的な理由での勉強が増えていきます(西村・櫻井,2013)。

それらは先ほど挙げた小学校から中学校への移行で学習面において生じる様々な変化に起因しているものと考えられます。では、この時期において、学習に対するモチベーションを下げずに維持するためにはどうすればよいのでしょうか。ここでは、3点とりあげます。

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モチベーションを維持するには?

1.自己有能感をもたせる

自己有能感とは「自分は○○ができる」といった○○に対する自信のことです。自分はやればできるのだ、という自己有能感が高いとモチベーションも高まり、自分は何をやってもできないのだ、と自己有能感が下がるとモチベーションも低下します。

子どもは10歳頃になると、他人から自分がどのようにみえるのかという他者のまなざしへの意識が発達し、他人(多くは友だち)との比較を通して、自己有能感が低くなっていきます。

さらに、中学校に入る頃には、他者からの評価に敏感になることに加えて理想が高くなるため、理想と現実のギャップが広がり、現実の自分に満足できず自己の否定的な側面ばかりに目がいき、自己有能感が低くなります。こうした傾向は、特に日本人において強くみられます(図1)。

図1. 自分はダメな人間だと思う

自分はダメな人間だと思う

財団法人・日本青少年研究所(東京)が2008年9〜10月にかけて、日米中韓の4カ国の中学生それぞれ約1,000人ずつ、計約4,000人を対象に調査。
(無答不明は省略)

出典:『中学生・高校生の生活と意識
-日本・アメリカ・中国・韓国の比較-』
(日本青少年研究所、2009年)
朝日新聞(2009年4月5日)より

では、この時期に親や教師がどのように子どもにかかわれば、子どもの自己有能感が高まるのでしょうか。いくつかのポイントを示しておきます。

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<自己有能感をもたせるためのポイント>

◎ 成功体験を多く積ませること

まず第一に、子どもに成功を多く経験させることが重要です。成功とは主観的なものであり、多くの場合、自分が設定したある基準(つまり目標)を超えられれば成功とみなします。

子どもに成功体験を積ませるためには、子どもの能力に見合った目標を設定し、子どもが努力できるようにサポートし、努力の結果、成功することができたのだと子どもに感じさせることが重要です。(目標設定については、以下「3.」を参照)

◎ たくさん褒めること

「よくできたね」と褒めることが子どもにとって成功の証となる場合もありますし、「よく頑張ったね」と子どもの努力を認めてあげることが自己有能感の向上につながることもあります。

日本人の子どもの自己有能感が低いことは先ほど紹介しましたが、海外の人からは「日本人は『頑張りなさい(努力しなさい)』という言葉を子どもに多くかけるわりに、『頑張ったね(努力したね)』と褒めることは少ない」とみられているようです。

親や教師は子どもにさらなる向上を求めるあまり、できなかったところを指摘し、「もっと努力しなさい」や「こんな問題もできないのか」と声をかけることが多くなります。まずは、子どものできたところ(良いところ)に注目し、それを褒めることが重要です。

◎ 適度に期待すること

子どもの成長を期待することが重要です。子どもは親や教師に期待されていると感じるだけで、自己有能感を得られます。難しいのは、「適度に」期待することです。

過度に期待してしまうと子どもはそのプレッシャーから押しつぶされる可能性がありますし、逆に何も期待をしないと、子どものモチベーションを引き出す刺激を与えないことになります。

適度に期待するというのは、裏を返せば、子どもの成長や能力を信じ、認めることではないでしょうか。

自分のことを信頼し見守ってくれる人がいるのだ、と子どもが感じることが、自律心を身につけ、困難なことにも挑戦していける強い心を育むことにつながるといえます。

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2.自己調整力を身につける

中学校では「自律的に学習すること」が要求されます。親も教師も、「中学生になったのだから」と子どもに自律的、自主的に学習する姿勢を求めます。しかし、だからといって急に手を放されても、子どもはどのように自律的に学習を進めていけばよいのかがわかりません。子どもが自律的に学習を進めていけるようになるためには、親や教師が重要な役目を担っているといえます。

効果的に学習を進めていくためには、「計画(Plan)→実行(学習)(Do)→見直し(See)」というサイクルが必要になってきます。このサイクルに従って学習するためには、自己調整力を身に着ける必要があります。

自己調整力とは、「学習を効果的に進めるために、自分の状態、行動、まわりの環境を自分で調整する力」のことで、自律的に学習を進めていくための力と言いかえることができます。以下に、自己調整力に関する具体的な項目を挙げておきます。

<自己調整力>

◎ 目標設定: 目標や下位目標を自分で立てること。
◎ プランニング(計画): 目標に関する活動をどのような順序、タイミングで行い、仕上げるのかについて計画を立てること。
(データB、E)
◎ 情報収集: 課題に関する情報をさらに手に入れようと努めること。
(データ@)
◎ 社会的支援の要請・
    活用:
教師、親、友人から援助を得ようと努めること。
(データA)
◎ 環境調整: 学習に取り組みやすくなるような物理的環境を整えたり(ex. 部屋や机などの環境を整えるなど)、 モチベーションが高くなるような環境を整えたりすること(ex. 時間を決めて取り組むなど)。
(データC)
◎ 自己評価: 結果や取り組みの質を自ら評価すること(ex. テストの成績が悪かった時に、なぜ悪かったのかを考えたり、なぜ間違えたのかを考えたりするなど)。
(データD、F)
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図2のデータをみると、こうした「自分で計画を立て、学習を進めていく自己調整力」が、中学校に入ってからの子どもの学力の伸びに大きく関係していることがわかります。

しかし、自己調整力は急に身につくものではありません。図3のデータH、Iのように、「テストの点数や成績を子どもと一緒に確認」する 、「どこでつまずいているかを子どもと一緒に考える」など、まずは大人(親や教師)が積極的にかかわることで、徐々に習慣化させていくことが大切になってきます。

そして、習慣化させる過程においても、大人が先回りして道を整えてやるのではなく、子ども自らが進んでいこうとする姿勢を尊重する態度が、自律的な学習にとって不可欠です。

図2.  中学校1年生の成績変化と学習方法の関係(中学生回答)

中学校1年生の成績変化と学習方法の関係(中学生回答)

※ 出典:ベネッセ教育総合研究所『中学1年生の学習と生活に関する調査』(2012年)

図3.  中学校1年生の成績変化と学習方法の関係(保護者回答)

中学校1年生の成績変化と学習方法の関係(中学生回答)

※ 出典:ベネッセ教育総合研究所『中学1年生の学習と生活に関する調査』(2012年)

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3.目標を設定する(目標を定める)

モチベーションが湧かない勉強や活動であっても、何らかの目標が設定されていれば、何とかその目標に到達しようと努力するのが人間です。その目標設定の仕方がモチベーションに大きくかかわってくると考えられています。ここで間違えてはならないのは、目標設定それ自体がすなわちその人のモチベーションを高めるわけではないということです。

自らが設定した目標を達成することが自己有能感を高め、それがモチベーションです。当然、目標設定に失敗し、目標を達成することができなければ、自己有能感が喪失し、モチベーションを高めるどころか、かえって意欲を低下させる可能性もあります。そのため、どのような目標をどのように設定すればよいのか、効果的な適正水準の目標設定が非常に重要になってきます。それでは、心理学の知見をもとに、効果的な目標設定の方法をいくつか挙げてみることにします。

◎ 具体的で挑戦的な目標を設定する

あいまいな目標、たとえば「できるだけたくさん勉強する」という目標よりも、具体的で明確な目標「毎日1時間勉強する」の方が望ましいです。具体的な数字や期限を明確化した目標設定が、その目標に注意を集中させ、目標達成へのモチベーションを高めます。

また、自分の能力に合ったレベルで挑戦できる目標を設定することが重要です。自分の能力をはるかに超えた困難な目標ならば、不安を感じますし、目標達成できない可能性が高くなります。逆にあまりにもやさしい目標であるならば、退屈し、できた時の達成感や自己有能感が得られません。

一生懸命に努力すればできるかもしれない、やや困難で挑戦的な目標を設定することによって、モチベーションがより高まることになり、達成した時の喜びや満足感、ひいては自己有能感も最大となります。そしてその自己有能感が、次なる活動のモチベーションへと継続していきます。

◎ 遂行目標ではなく、熟達目標を設定する

目標には、いろいろな分類の仕方があります。その一つが「遂行目標」と「熟達目標」の分類です。遂行目標というのは「テストで良い順位をとる」とか「相手チームに勝利する」といったように、遂行の結果を重視した目標のことです。テストの順位や勝敗といった結果を重視した目標は他者との比較を前提としているので、いくら自分(あるいは自分たち)が努力して頑張ったとしても、相手がそれを上回っていれば、当然達成できなくなってしまいます。つまり、目標を達成することに対して自分自身でコントロールすることができないということになります。

一方の熟達目標というのは、たとえば「連立方程式が解けるようになる」とか「二段跳びができるようになる」といったように、具体的な行動やスキルの向上を目標とするものです。ここでの目標は、他者との比較にかかわらず、自分が進歩したか、スキルが獲得できたか、といったように自分の能力が拡大したかどうかに焦点が絞られることになり、自分自身がコントロールできるという性質をもっています。

そして、自分が努力し進歩したことそれ自体が自己有能感を高めることになり、仮に目標達成に失敗したとしても、自分のとるべき行動が明確なことから、モチベーションが低下することなく目標達成に向けた努力が継続されることが期待できます。

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◎ 長期目標とそれに至る短期目標を設定する

どのようなささやかな目標にも、それを大きく支えるものや、より遠くの目標というものがあります。たとえば「良い成績をとる」という目標を設定するのは、「良い高校に入る」というより遠い目標のためであり、さらにそれは「自分の夢である宇宙飛行士になる」という目標を支えるものです。

長期にわたる目標を設定することは重要なことですが、目標設定の期間が長くなるということは、途中で中だるみをし、モチベーションを維持し努力を続けることが難しくなります。そして、何よりも目標達成の喜びを感じたり、自己有能感を高めたりする機会も減少することになります。

そのため、最終的な長期目標を達成するために必要な具体的な短期目標を、段階的に設定することが重要です。短期的な目標として、実現可能で現実的な目標を設定することで、自己有能感を育むことができます。そして大切なことは、現在取り組んでいる短期目標がより遠くの長期目標である人生の目標や夢に近づくための第一歩であると意識させることです。

そうすることで、モチベーションを一時的に高めるだけでなく、そのモチベーションがいつまでも持続するものになっていきます。今頑張っていることが未来の自分につながると信じることができれば、たとえその道のりが遠くともモチベーションを失わずに前に進むことができるものです。

◎ 学習以外の目標をもたせる

目標には、学習に関連したものに加え、社会的行動や対人関係のあり方などに関する目標もあります。たとえば、「授業中は,私語を慎むようにする」や「人の悪口を言わないように気をつける」 、「当番の仕事はちゃんとやる」などといった、教室における明示的あるいは暗黙のルールを守り、規範に従うことを目指す「規範遵守目標」や、「友だちが困っていたら手助けする」や「友だちが落ち込んでいたらなぐさめたり、はげましたりする」といった、社会的、対人的な協力や援助を目指す「向社会的目標」があります。

こうした目標は、心理学では「社会的目標」と呼ばれていますが、実は、直接的には学習とかかわりのないこの社会的目標が、子どもの学習に対するモチベーションを高めるうえで深いかかわりをもっています。

社会的目標をもっている子ども、つまり、教室の中できまりを守り、協力や援助を目指す責任のある子どもは、教師やまわりの友だちから信頼や受容を得るために、教師ならびに友人との間に良好な人間関係を形成しやすくなります。

そして、そのような良好な対人的相互作用によって、子どもの学習のモチベーションが高められる機会が増加し、結果的に高い成績に結びつきやすいことがわかっています。また、部活動に参加している子どもは、学習に対するモチベーションが高く、成績が高いことも示されています。

もともと勉強が嫌いで学習に対するモチベーションが低い子どもに対しては、学習面からのアプローチは難しくなるため、別の側面からのアプローチが有効となってきます。教師や友人との良好な関係が築ければ,教室は安心して学べる環境となりえますし、何か一つの側面において自己有能感が形成されれば、それが学習に対するモチベーションへとつながっていきます。 [END]

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参考文献
・新名博 (2007)「中1ギャップの克服を目指した小・中学校の連携の在り方〜小・中学校間の交流を通して〜」平成19年度宮崎県教育研修センター研究員研究報告書、1-21。
・西村多久磨・櫻井茂男(2013) 「小中学生における学習動機づけの構造的変化」『心理学研究』、83、546-555。

2013年3月22日 掲載

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