「データで考える子どもの世界」

第5回【識者インタビュー】 シリーズのまとめにかえて
  なめらかな小中接続のために、
小中連携、一貫教育はどのように進めればよいのか

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小学校高学年から中学校に移行する接続期に起こる問題について、4回にわたって、さまざまな視点から識者に提言をいただいた。今回はシリーズのまとめにあたり、第4回に引き続き、小中接続に詳しい酒井朗先生に、今後の小中連携、一貫教育の重要性とその進め方について提言をいただいた。

プロフィール

齊藤誠一先生

酒井 朗 先生    大妻女子大学教授

さかい・あきら●大妻女子大学教授、教職総合支援センター所長。南山大学助教授、お茶の水女子大学教授等を経て2007年より現職。専門は教育社会学、教育学。学校現場に出向き、現場の教員とともに調査・研究を進める教育臨床社会学分野の第一人者。学生時代から、小・中学校の学校文化のギャップについて関心を持ち、現在も、「学校間、学校と地域のネットワーク形成」を研究テーマの一つにして、小中接続を研究中。中央教育審議会(中教審)初等中等教育分科会の「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」の専門委員も務める。著書は『教育の社会学 <常識>の問い方、見直し方』(有斐閣、共著)『よくわかる教育社会学』(ミネルヴァ書房、編著)ほか多数。(2013年4月現在)

【要旨】

  • (1) 学校文化や指導方法の差が大きいことが小中接続の壁になっている。
  • (2) 小中連携、一貫教育を進める背景には、いわゆる「中1ギャップ」の解消と9年間を通したカリキュラムづくりの必要性がある。
  • (3) カリキュラムづくりのポイントは、接続期のつなぎ方とそれを含めた9年間の編成。
  • (4) 小中の円滑な接続のためには、家庭学習にも力を入れることが必要である。
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Q.  小中連携、一貫教育を進めるうえで、制度面での課題はなんでしょうか?

前回は教育制度の観点から、小中接続をめぐる国の動きやその影響についてお話をしていただきました。改めて、小中接続の課題を制度面を中心に簡単にお話しください。

A.  小学校・中学校で指導方法や学校文化の差が大きいこと

小学校から中学校への進学で、子どもたちは三つの大きな環境の変化に遭遇します。まずは、@大きな校舎、広い運動場などに移ることによる物的な環境変化、A新しい先生、新しい友だちなどに出会う人的環境変化、B新しい規則、雰囲気などのなかに入っていく社会文化的変化です。そのなかでも、いちばん大きな変化はBでしょう。

小学校と中学校では、たとえば教室の雰囲気一つとっても、掲示物でにぎやかな小学校とシンプルな中学校など、学校文化の差は非常に大きいのです。日本には、歴史的につくり上げてきた小学校教育、中学校教育というのが、歴然としてあるからです。

たとえばアメリカの学校を見ると、義務教育期間も9年間であったり12年間であったりと州によってまちまちですが、小学校・中学校の教育観には一貫した部分がかなりあります。それは、どちらも個に焦点を当てて指導し、子どもとはある程度距離を置いて対していることです。そのため、小学校から中学校に上がっても、子どもたちは先生の接し方にとまどうことはあまりないでしょう。

しかし日本では、幼保、小、中、高、それぞれが独自の教育観を持っており、小学校では小学生らしさが、中学校では中学生らしさが求められ、先生たちもそれぞれ違った指導方法をとります。たとえば、学級担任制から教科担任制への移行も子どもたちには大きな段差でしょう。子どもたちは、移行のたびにそれぞれの学校・組織に適応していかなければなりません。そのために、校種間移行の際に不適応が起きやすいのです。

『人生移行の発達心理学』(山本多喜司、シーモア・ワップナー編著、1992年)のなかで、著者は「移行はある種の危機の局面」だといっています。小学校から中学校への移行は、大人にとっての転勤や引っ越しと同じような、子どもにとっての危機的な局面なのです。

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Q.  小中連携、一貫教育を進める際に意識すべきことは?

そのまったく文化の違う二つの組織に連携、一貫教育が求められているのですが、これから進めようとする自治体、地域、学校が意識して取り組むべきポイントをお聞かせください

A.  指導上の課題に即して目的を明確にすべき

 ●背景の確認

まずは、なぜ小中連携、一貫教育が必要なのかという背景をしっかり確認することです。背景については、前回にもお話ししましたので、要点だけにとどめます。

第1に、中1ギャップといわれている問題です。中学校に入ったとたんに、生徒指導上の問題が出てきます。図1,2,3 でわかるように、不登校は小学6年生の約3倍、いじめは約2倍、暴力行為は約4倍にもなります。

図1.  学年別不登校児童生徒数

学年別不登校児童生徒数

※ 出典:平成23年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文部科学省)

図2.  学年別いじめの認知件数(国公私立)

学年別いじめの認知件数(国公私立)

※ 出典:平成23年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文部科学省)

図3.  学年別加害児童生徒数

学年別加害児童生徒数

※ 出典:平成23年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文部科学省)

また、図4,5 で明らかなように、国語・数学・英語の3教科で学習面での段差がはっきり出てきます。教科や活動を「好き」(とても好き+まあ好き)な子どもの割合が、とくに数学などは中学校1年生で大きく落ち込み、それと同時に学校が「楽しい」(とても楽しい+まあ楽しい)と思う子どもの割合も落ち込みます。実は、それ以前に中学年から高学年に上がるときも落ち込みます。これらの原因の一つとして、小学校から中学校に進学するときの接続が円滑でないことが考えられるのです。

図4.  教科や活動の時間の好き嫌い(学年別)

教科や活動の時間の好き嫌い(学年別)

※ 出典:平成16・17年度文部科学省委嘱調査「義務教育に関する意識調査」報告書(ベネッセ教育総合研究所)

図5.  学校の楽しさ(学年別)

学校の楽しさ(学年別)

※ 出典:平成16・17年度文部科学省委嘱調査「義務教育に関する意識調査」報告書(ベネッセ教育総合研究所)

もう1点、小中連携、一貫教育が求められる背景に、6・3制の改正への動きがあります。制度改正には慎重な意見があるため、すぐに実現することはないと思いますが、前回にもお話ししたように、2006年に改正・施行された教育基本法、学校教育法のなかで、義務教育を9年一貫でとらえる方向になってきたということが小中連携、一貫教育を進める大きな理由になっています。

これらの背景を踏まえて、小中連携、一貫教育を進めようとしたとき、目的は大きく二つになると思います。

一つは、中1ギャップの解消、もう一つは、9年間を見通した教育課程の編成です。

二つの目的のうち、どちらによりウエートを置いて進めるかは、自治体や学校の判断になり、その結果、当然、施策も変わってきます。もちろん、両方を重視するという考え方もあるでしょう。

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Q.  9年制一貫校のメリット・デメリットは?

 ●中1ギャップ解消の目的でも、課題と目標を明確に

中1ギャップの解消に軸足を置くとすれば、小学校高学年から中1生への接続に着目した施策が必要ですし、9年間を見通した教育課程の編成ということになると、幅広く学力全体のかかわりが必須ですので、目的の焦点化は必要です。

また、中1ギャップへの対応を目的に据えるにしても、@どのようにすれば滑らかな接続が可能か、A中1以前の小5の段差をどう克服するか、B配慮が必要な子どもにどう対応するかなどの課題があります。特にBの課題では、不登校傾向が強い子どもの場合いろいろな子どもがいますし、特別支援の対象の子どもたちを小中でどのようにつなげていくかも大きなテーマです。自治体、学校の状況によっては、そうした子どもたちにウエートを置く場合もありうると思います。

さらには、目的を定めたとしてもどのような姿を目指すのか。中1ギャップの解消といっても、その内容は自治体・学校によって違ってきます。いじめ対策であったり、不登校への対応であったり学習支援であったりしますが、それをすべてやるとなると、手が回らなくなる。やはり、焦点化が必要です。そしてたとえば、不登校が全国平均より多い学校・地域であれば、それを全国平均値並に減らすためにどうするかまでの課題と目標を明確化する必要があると思います。

 ●9年間を見通したカリキュラムづくり

2番目の9年間を見通した教育課程の編成を目的に据える場合にもいろいろな課題があります。

まず、発達段階に応じた区切りをどうするかということです。東京都品川区、広島県呉市など多くの自治体でみられるのは、4・3・2という区切りです。5・2・2という区切り方も考えられます。

そして一貫教育や連携教育をどういうかたちで進めていくか。形態で区分すれば、三つに整理できます。@一体型、A隣接型、B分離型です。

@は東京都品川区の一部などで行われている施設一体型です。Bは施設が異なるいくつかの小学校と中学校で、何か共通の切り口で連携教育を行っているタイプ。とくに新たに施設をつくらなくても始められるタイプです。Aは@Bの中間的なタイプ、隣り合う小・中学校で連携教育を行うタイプです。

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Q.  9年間を見通したカリキュラムづくりのポイント

文部科学省の「小学校と中学校との連携についての実態調査」(2010年11月)では、小中連携を推進するため「9年間を通じた教育課程の編成の方針」を定めている自治体は3%でした。調査時点以降増えているとは思いますが、カリキュラムづくりはこれからという自治体、地域、学校が大部分だと思います。配慮すべきことはなんでしょうか。

A.  学習系統を見通し、小中の内容を重ねる

 ●真ん中の「3」を意識する

カリキュラム編成については、大きくは二つの課題があります。

一つは、滑らかな接続期のためのつながりをどうするのか。つまり、小学校高学年から中学校1年への円滑なつながりをどうするのか。二つめは、それを含めての9年間のカリキュラムをどうつくるのかということです。

ある県の小中一貫教育校を訪問したことがあります。そこは、少子化にともない、小学校3校、中学校2校の合わせて5校を統合してできたものです。

校長先生が繰り返しおっしゃったことは、「6・3制がそれまで大事にしていたよさをなくしてはならない。とくに日本の教育活動では特別活動が発達しているというよさがある。6・3制を崩すと児童会活動なども崩れる。特別活動などに段差があるのはむしろよいことなので、それは大事にしていきたい」と。しかし一方では4・3・2を意識したカリキュラムは大事だからと、施設一体型の学校でありながら小学校・中学校と6・3制で運営しつつ、カリキュラムのうえで4・3・2制を意識した編成をしていました。

4・3・2とは、@小学校4年生まで、A5年生から中学1年生まで、B仕上げの中学2年生・3年生という区切りです。そのなかでカギとなるのが、真ん中のAにあたる「3」年間で、ここでどのような工夫を凝らすかが滑らかな接続のポイントだと同校の校長先生もおっしゃっていました。

たとえば、ある市では、小・中合同で学力テストを分析して小6の苦手分野を洗い出し、中1の指導に反映させていました。授業の導入時に小学校の授業を想起できるような学習を取り入れるとか、つなぎの教材をつくるとか、中1の理解が容易になるような指導上の工夫をしています。

またある自治体では、キャリア教育や言語活動を切り口にして小学校から中学校へとつながりのあるカリキュラムを組んでいるところもあります。

 ●まずはシンプルなものを

いろいろな自治体のお話を聞いて、カリキュラムづくりで大事なポイントを私なりに整理すると、「学習内容の系統をしっかり見通す」「スパイラル(らせん状)に小学校と中学校の内容を重ねていく」ことではないかと思いました。

カリキュラムを作成する際に陥りがちなのは、細かいカリキュラムをつくって、そこで先生方が達成感を感じてしまうことです。まずは、幹になるものを重点的に定めて、シンプルなものをつくり、その次に少し詳細につくっていくという方法をお薦めします。

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Q.  保護者や家庭にどのように配慮すべきか

小中の接続期は保護者も不安に感じていると思います。最後に、自治体や学校が保護者、家庭に配慮したいことをアドバイスしてください。

A.  小中の円滑な接続には家庭学習にも力を入れることが必要

私は自治体の方々に話をするときには、カリキュラムづくりと並行して重視してほしいのは家庭教育だということをお話ししています。

7、8年前に東京都内の小・中学生にアンケート調査をしました。小6から中1に上がる段階での追跡調査ですが、いちばん驚いたのは、家庭学習の時間です。小学生時代はかなりしっかりと家庭学習をしていた子どもが、中学校に入ると、とたんに学習時間が減ってしまいました。自学自習の習慣を身につけるべき時期に、逆に学習時間が減っているのです。別の調査(注3)でも、同様の傾向でした。「家庭学習をほとんどしない」子どもの割合が、小6から中1にかけてぐんと増えています(17.7%→41.8%)。その一方で2時間〜3時間など学習時間がうんと長い子どももいるので、勉強する子どもとしない子どもの差が大きいことがわかります。

埼玉県のある市では「家庭学習の手引き」というものを出していますが、そこには、家庭学習の「めあて」が書いてあります。小5では「自分でやる」、小6から中1では「自分で進める」中2から中3では「自分を伸ばす」というように書かれています。しかしながら、現実には、自分で進められない子どもがいるのです。

小学校段階では子どもの家庭学習を比較的よくみていても、中学校に入ったとたん、手を離してしまう保護者が多いのです。家庭によっては子どもの宿題をみる余裕などない保護者もいるでしょうし、部活動や家庭の事情で家庭学習どころではない子どももいます。

自治体や学校では、この手引きにあてはまらないような子どもをどう支援するかを考えることも必要ですし、小中の滑らかな接続のためには家庭学習にも力を入れる必要があることを保護者に向けて広く知らせる必要があると思います。[END]

2013年5月17日 掲載

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