教育フォーカス

【特集10】高大接続の再設計 ~ 高校・大学、大学入試はどう変わるべきか

[第2回] 高校教育の現状と高大接続改革の在り方 [2/3]

Ⅲ.進学中心ではない高校にとっての推薦・AO

繰返すが、トロウの指摘に従うならば、現代高校教育の問題は、大衆のための進学準備教育を高校が(完成教育をしながら)抱えなければならないという点にある。現代日本においてその機能をもっとも良く体現しているのは、推薦・AO入試である。前掲拙著で示したように、推薦・AO入試は、進学校ではない高校の生徒ほど利用する傾向がきわめて顕著である。この傾向は今回のデータでも確認できる。推薦・AO入試は、普通科よりも専門学科で、また進学率で言えば高くない高校で「受験させたい」とする比率が飛躍的に高まっているのである。

この背景には、まさにトロウが指摘した二つの機能のせめぎ合いがあるといえるだろう。つまり、Ⅱで指摘した基礎的学習を重視したいのが高校の基本スタンスだが、実際の進学準備となると基本的学習習慣の定着していない多くの生徒を抱える学校では、一般入試重視のスタンスは取りにくい。そうしたせめぎ合いの妥協点として、推薦・AO入試は今日、機能してしまっている。だから、テストを課して勉強させようという発想での安易な入試制度改革は、「基本的学習習慣の定着していない多くの生徒を抱える学校」ではかえって混乱を招く可能性がある。

私自身は推薦・AO入試が全体としてうまくいっているとは必ずしも思っていないが、推薦・AO入試がこれまで進学を重視してこなかった高校からの進学機会を増やしてきたのは、おそらく事実であり、その点はポジティブに評価されても良いと思っている。もしコスト・ベネフィットの観点から考えるのであれば、そうした機能を損なわない程度に現行方式を踏襲しつつ、新テストかけるお金を推薦・AO入試入学内定者への学習サポート方策のほうに回すということはできないだろうか。例えば、個別大学ではやっているところも多いレメディアル教育のようなものは、複数大学で共同的に行う連携もあってよいし、そこに高校と大学の連携を含んだ方式もあってよい。すでにパイの奪い合いが終了して入学が決定している生徒が対象であれば、共同事業という形でも大学間の利害は対立しないだろうし、高校教育の課題とも一致するのではないか。『高大接続に関する調査』では、推薦・AO入試での早期合格者に対する何らかの取り組みを行っている高校は実に約77%(「特に何も行っていない」が23.0%)に達するという結果が出ている(図3)。その中でもセンター試験を受けさせるという高校が多いが、それがどの程度機能しているのかは怪しい。「合格」という動機づけのないテストでは学習インセンティブとはなりにくい、と考えられるからだ。特に、専門学科や進学率の高くない高校でその手段をとらない傾向があることを押さえておく必要がある。大学の入学前教育をもっと充実させてほしいという高校は、入学前教育を受けた高校生がいる高校全体のおよそ8割にものぼるのであり、ここには確実にニーズがあると見るべきだろう。

図3 早期合格者に対する高校の取り組み

早期合格者に対する高校の取り組み
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Ⅳ.一般入試の「弊害」と高校の「保守的」反応

一方、進学校に関していえば、「知識偏重」批判はある程度妥当しているように見えなくもない。なぜならば、多くの進学校では、一般入試による難関大学合格を目指した受験指導が行われているのが日常だからである。総合的な学習の時間への関わりにしても、また「活用」「探究」の重視にしても、受験勉強との関係が常に意識されてしまうという意味で、進学校特有の心許なさがある。

こうした状況は、「難関大学の大学入試を変えなければ高校教育も変わらない」というイメージを生み出してきたと思われる。実際、『高大接続に関する調査』でも「現在の大学入試のもとでは、「活用」や「探究」による新しい学力の育成がすすまない」という意見についての賛否を尋ねる項目があり、高校全体で半数を超える校長が「そう」と答えている。

しかし、よくよく見てみると、もっとも進学率が高く受験指導体制が強化されいる学校が多いと目される普通科高校ではその割合は逆にやや少なく(50.3%)、むしろ「そうでない」(44.4%)と拮抗している。なぜ受験シフトを取りがちな進学校でこのような結果になるのかといえば、一見すると教科学習の詰め込みに見えるものの中に、「活用」や「探究」の要素が含まれているからである。受験シフトになると「活用」や「探究」がおろそかになるという単純な関係は現実としても成り立っていない。文部科学省の説明などをよく読めば書いてあることだが、知識・技能の「習得」と「活用」「探究」は必ずしも背反するものではない。それは私自身が日ごろの研究活動をしている中で感じることでもある。相当量の先行研究の知識と理解を踏まえたうえでこそ、新鮮で探究に値する問いが立ちあがってくることは、研究生活の中では日常的に起きることだからだ。

図4 大学入試の新しい学力の育成への影響(全体・普通科四年制大学進学率別)
「現在の大学入試のもとでは、「活用」や「探究」による新しい学力の育成がすすまない」

大学入試の新しい学力の育成への影響

そこまで理解すれば、なぜ高校側で一見保守的にも見える回答が今回の調査で目立つのかはおおよそ推測がつく。今後の入試のあり方に関する質問項目の中で、高校長の肯定的な回答が多かった上位三つの結果を示したのが図5である。「教科学力を中心に評価するのがよい」という項目に「とてもそう思う」「まあそう思う」とする高校は79.6%、「大学入試は高校の学習指導要領に準拠した範囲にとどめたほうがよい」は「とてもそう思う」と「まあそう思う」を合計すると79.4%である。「入学者選抜の方法はこれ以上多様化しないほうがよい」に至っては、「とてもそう思う」と「まあそう思う」の合計で実に87.1%にのぼる。つまり、高校の現場では、やろうと思えば現行制度の枠内でも「活用」や「探究」につながる活動は可能であるし、一部進学校ではまさにそうしたことをやっているのであり、大きな制度変更は必ずしも全面的には支持されていない。一方で、その他の多くの高校では、それ以前の問題として、教員自身が多忙な状況のなかで、基礎的学習習慣が身についていない生徒たちへの対応や推薦・AO入試への対応(先ほどの早期合格者への対応も含む)に追われている、と考えられるのである。そうした状況下では、入試制度を含む制度の大きな変更が、高校にとってそのメリットを相殺しかねないほど大きな負担になりうることは想像に難くない。つまり、Ⅳで指摘したような高校側の確実なニーズがないところに改革のメスが入れられようとしている可能性が高いのである。

図5 今後の入試のあり方について(全体・高校)

今後の入試のあり方について(全体・高校)
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