教育フォーカス

【特集10】高大接続の再設計 ~ 高校・大学、大学入試はどう変わるべきか

[第5回] 新しい大学入試制度への期待と懸念 [2/4]

II.『高大接続答申』の論点(課題)は何か

「はじめに」でも述べたように、今回の調査は、大学入試の現状や今後の在り方のみならず、高校での教育活動、初年次教育などの高校と大学の教育接続の現状や課題について、広く高等学校長と大学の学科長に意見を求めたものである。また、『高大接続答申』が指摘しているように、日本社会と若者の将来を明るいものとするためには、高等学校教育、大学教育、そして大学入学者選抜を一体的に改革することが重要ではあるが、とりわけ大学入試改革は重要なテーマである。いみじくも答申自身も指摘しているように、「接続段階の評価(大学入試:筆者注)の在り方が変われば、それを梃子の一つとして、高等学校教育及び大学教育の在り方も大きく転換すると考えられる」(『高大接続答申』p.10)からであり、評価(アセスメント)の在り方が変われば、教育や学習も大きく変わるという「逆流効果(Backwash Effect)」)が生じるからである(John Biggs:140)。このことは、小・中学校を対象とした全国学力・学習状況調査において、知識だけでなくその活用を評価するB問題が含まれてから、小・中学校の教育の在り方が大きく変わったことでも明らかである。

図表2 2つの「達成度テスト(仮称)」

2つの「達成度テスト(仮称)」

出典:教育再生実行会議「高等学校教育と大学教育の接続・大学入学者選抜の在り方について
(第4次提言)」P.10

調査時点では、大学入試改革の方向性に関しては教育再生実行会議第4次提言での内容以上の情報は示されていなかったため(図表2)、「共通試験を基礎とした上で各大学が多面的評価を加えて実施する入学者選抜」への転換には高校長、大学学科長とも賛成が6割を超えたが、現行の大学入試センター試験の廃止、それに代わる2種類の到達度テスト(仮称)の導入、それらの試験の複数回実施、素点ではなく段階別成績表示などの各論については、賛成の割合は低くなり、特に高校長からは、むしろ反対意見の方が多くなった。これは、まだ入試改革の全貌や新たに導入が検討されている試験の具体的なイメージが湧かないことがその背景にあると思われる(図表3)。

図表3 高大接続改革に関する高校・大学関係者の評価

青色=高校長、赤色=大学学科長

高大接続改革に関する高校・大学関係者の評価

出典:ベネッセ教育総合研究所「高大接続に関する調査」(2013年)

その後、高大接続特別部会で検討が進み、『高大接続答申』では、依然として仮称のままではあるが、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」 とそれぞれ名称も変更となり、各テストの具体的な設計は、高大接続システム改革会議とそのもとに設置されるWGで検討することとされている。ところが、関係者、もっと広く言えば国民が一番関心を抱くであろう、新しい2つのテストの検討を行うWGは構成員の自由な意見交換が妨げられるとして非公開とされている。(高大接続システム改革会議第1回配布資料「新テストワーキンググループについて(案)」)

高大接続システム改革会議への報告を通じて、その検討状況は国民に伝えられるとはいえ、「新しい時代にふさわしい高大接続の実現という大きな改革を、我が国の社会全体で実現していくためには、教育関係者はもちろんのこと、子供たちやその保護者、企業、地域社会、その他、の社会のあらゆる人々が改革を共有する必要がある。(下線部筆者)」(『高大接続答申』、P.28)のであれば、検討状況はWGも含め随時社会に公表される必要がある。国民的関心を呼ぶ大学入試に関するテーマであるにもかかわらず、審議過程の透明性の点で少し問題があるのではないか。このことが一つ目の論点である。

二つ目の論点として、現行の大学入試センター試験を廃止し、新しいテストを開発し、導入することが決まっているが、その判断は、果たしてどのような根拠に基づいたものであったのか、がある。たとえば、米国では大学進学に求められる共通テストとしてSATとACTがあるが、前者は2016年実施から大幅にその内容を変更することとした。その変更の決定には、膨大に蓄積されてきた調査研究の結果を分析したところ、従来のSATの成績と学生の入学後の成功(大学のGPA、継続率、卒業率など)との相関が低くなり、テストの主たる目的である成功予測率が低下したとの判断がある(College Board)。加えて、これらの標準テストの成績よりも、高校の成績(GPA)が入学後の成績(GPA)と相関が最も高いと判断する大学が急激に増加し、合否の判断において、これら2つの標準テストの得点よりも高校の成績、履修した科目の難易度、クラス順位の比重を高くしている大学が多いという報告もある(National Association for College Admission Counseling)。その結果、出願の際、いずれのテストの成績の提出を志願者に求めなかったり、求めたとしても選抜にではなく入学後のクラス編成の資料として活用したりするなどの"test optional"、"test flexible"と呼ばれる大学が、2004/05年には160校に過ぎなかったのが、現在では約850校まで増えている。それらの中には、いわゆる各州の旗艦大学と言われる大規模総合大学も含まれている(National Center for Fair and Open Testing調べ)。したがって、SATを運営するCollege Boardは、新しいSATの設計にあたっては、高等学校での学習内容をより反映した出題内容に変更するとの判断を下したわけである。今回の『高大接続答申』は、現行の大学入試センター試験を廃止すると決断したが、その判断がこのような「根拠に基づいた政策判断Evidenced-based policy making」であったのか、疑問符がつく。高大接続システム改革会議では、是非様々な研究成果を活用した上での議論を期待したい。

『高大接続答申』が繰り返し指摘しているように、社会経済の変化の質と速さが未曾有のものであると予想される21世紀において「社会で自立して活動していくために必要な力」としての「学力の三要素」である、(1)基礎的・基本的な知識・技能、(2)それらの知識・技能を活用して、自ら課題を発見しその解決に向けて探求し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力、(3)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)のいずれもが、すべての若者に必要である。つまり、これらの資質・能力は、大学進学(希望者)に必要な能力であるであるだけでなく、社会で自立して社会生活・職業生活を営むためにも不可欠な資質・能力でもある。そこで、基礎的・基本的な知識・能力のみならず、これら3つの資質・能力を「多面的・総合的」に評価する必要があると『高大接続答申』は強く主張している。そこで、三つ目の論点としては、やはり、『高大接続答申』が主張するように入学者選抜における「公平性」から「公正性」への意識の転換が必要だとしても、新たな大学入試の仕組みを受験生本人のみならず、その保護者や高校教員などの教育関係者、ひいては国民一人ひとりに納得してもらうには、新たな2つのテストのみならず、それ以外の観点の評価についてもできる限り「客観的」なものとできるかどうかにかかっている。それも工程表に示された極めて短期間のうちにだ。今回提案されている大学入学者選抜方式の改革が目指している(と思われる)米国では、実は、我が国と同じような改革の動きが出ている。College BoardによるSAT改定についてはすでに触れたが、もう一方の標準テストであるACTでも、大学進学者の準備不足(学力低下)、それに伴う卒業に要する期間の長期化や卒業率の低迷、そして社会経済の急激な変化を背景に、改めて、大学進学や職業生活に必要な資質・能力の見直しを行った(Krista Mattern and others)。この報告書によれば、大学進学に必要な資質・能力と自立した社会人・職業人として成功するための資質・能力には異なるところはなく、全く同じであること。そのため、これらの資質・能力は一般に「大学およびキャリアレディネス(College and Career Readiness(CCR))」と呼ばれているが、これまでは、主に「基礎的・基本的な知識・技能(Core academic skills)」に分類される、数学、科学、英語の学力と「汎用的思考力(Cross-cutting capabilities)」と呼ばれる批判的思考力、協働的問題解決能力、情報技術技能といった「認知的(Cognitive)」な能力がCCRとして理解され、それらを客観的に評価するためにACTなどの標準テストが開発され、活用されてきた。その理由としては、これらの能力が、学校のカリキュラムや教育実践といった、学校教育の具体的な要素との関連が明らかであるためである。しかし、近年の様々な研究によれば、これらに加えて、学校や大学での成功(成績、卒業率など)とキャリア上の成功(就職、昇進、転職、職務遂行状況など)の両方には「非認知的要素(non cognitive)」である、性格、外向性、誠実性、協調性、安定性、開放性などが影響していることが明らかになったとして、CCRをより「包括的・総合的(Holistic)」に定義し直すべきだと提案している。ただし、その際の課題は、非認知的要素をどのように「公正」に評価(assess)するかにある。確かに、すでにこれらの特性を評価するテストはいくつか開発されている(たとえば、ACT Engage、LASSI、Personal Potential Indexなど)。しかし、実際に入学者選抜に際して、これらのテストを課している大学は少数にとどまる。その理由は、このような特性を評価するテストにおいては、望ましい回答は明らかであり、受験者が「虚偽の回答をする(fakeability)」可能性が高いし、またどれを選択すべきか「指導も可能(coachability)」だからである。『高大接続答申』は、米国と同じく「多面的・総合的評価」への移行を強く求めており、その主張自体は間違ってはいない。しかし、「主体性・多様性・協働性」といった、いわば「非認知的」資質の評価については、各大学の個別選抜において「小論文、プレゼンテーション、集団討論、面接、推薦書、調査書、資格試験等」を活用するよう求めているが(図表4)、今後、大学入試センターの後継組織において、それらの評価方法(assessment)を開発し、大学に提供するとしているものの、我が国が目指している米国でも、いまだこの非認知的特性の評価については多くの課題を抱えている状況で、果たして数年以内で皆の納得が得られる「公正」な評価方法が開発できるのか、期待と同時に大きな不安もつきまとう。

図表4 多面的・総合的評価のイメージ

多面的・総合的評価のイメージ

出典:中央教育審議会「新たな時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について
~すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために~(答申)」2014年、別添資料5

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