教育フォーカス

 

【特集15】アクティブ・ラーニングを活用した指導と評価研究
 ~授業レポート~

[第2回] 自律的活動力を育てる ~東京都立戸山高校SSH及び家庭基礎の実践  [2/4]

2.課題研究の実践

「SSⅠ」の授業の工夫

さまざまな工夫で研究者としての自覚を促す

2016年度の1年生は22人が化学コースを選択し、SSH部主任の田中義靖先生の指導の下で課題研究に取り組んでいる。この研究においては、生徒の主体的な姿勢を最大限に尊重しつつも、思考を活性化させ、意欲を高め、研究者としての自覚を促すためのさまざまな仕組みを準備していることに注目したい。

田中義靖先生

田中 義靖先生 

1つは、生徒が研究を発表する機会をできる限り多く設けていることだ。「SSⅠ」では、校内発表会だけでなく、校外の各種シンポジウムやサイエンスフォーラムに積極的に参加させることによって、生徒には年間4回ほど研究発表の機会がある。それらを通じて、発表のスキルを養うとともに、研究へのモチベーションを高めている。

発表の時期をあらかじめ決めておくことで、研究者に不可欠なスケジュール管理能力も育つ。生徒には、どのような内容を発表するのかを設計して、到達目標を設定し、それに間に合うように実験を組み立て、研究を進めることが求められる。それらが生徒によって自律的に行われているため、田中先生が一人ひとりの進捗を確認しなくても、研究が大きく遅れるケースはあまりない。生徒の1人は、「常に、発表までには到達目標に届かせたいというプレッシャーを感じながら研究を進めています」と言う。

大学などの協力により行われているサイエンスメンターの獲得も、課題研究の質を高めるための仕組みだ。これは、自分の研究テーマに合った大学教員を生徒自身が探して連絡を取り、研究内容に興味を持ってもらえれば、サイエンスメンターとして指導を受けられるというものだ。生徒は研究の状況や実験結果をメンターに報告し、その指導を自身の研究にフィードバックする。

生徒が、実験に必要な予算や機器を自身で集めるように求められる場合もある。例えば、ある生徒は、酸化チタンを用いてリコピンを分解することで水質を浄化する研究に取り組んでいるが、それは、化学機器メーカーが行うコンテストで受賞し、実験に必要な吸光度計が貸与されたから実現できた研究だ。このように2年生以降には、研究費が助成されるコンテストにも積極的に参加する。

「科学者は研究手法を知っているだけでなく、資金集めや指導者探し、さらに適切にプレゼンをする力などが欠かせません。課題研究の過程で、そのような活動が生じるように、プログラムを構成しています」(田中先生)


トライアンドエラーを繰り返して研究テーマを模索

「SSⅠ」では、課題発見能力の育成もねらいとしている。
 「入学直後の1年生は2年生が取り組む研究に協力者として参加し、課題研究はこのように行うのだという雰囲気を感じ、意欲を高めるようにしていきます。その後、器具の操作に慣れる目的で自由に実験をします。そうしているうちに、次第に自身が研究したいテーマが見えてきます」(田中先生)

最初は知識や経験が少ないため、テーマ設定が不適切なケースがよく見られるという。それでも、見当外れのテーマでない限り、失敗しそうだと思っても、田中先生がテーマを見直すようなことを促したりはしない。

生徒一人ひとりの状況を会話を通して確認する

生徒一人ひとりの状況を会話を通して確認する  

「研究を進めるうちに、前提条件が誤っていたり、どうしても結果が出なかったりすることに生徒自身が気づいて、異なるテーマや方法が見えてくるからです。教員に言われるだけで何も試さなければ、生徒の知識や経験にはなりません」(田中先生)

研究を進める中で、どうしても想定した結果が得られなかったり、他のテーマに興味が移ったりして、途中で変更するケースも多い。このようにトライアンドエラーを繰り返しながらテーマを模索する生徒の姿は、1年生12月の「SSⅠ」の授業でも見られた。


「SSⅠ」の授業の様子

答えやヒントは与えず、とことん生徒に考えさせる

「SSⅠ」の授業の様子を見ていこう。
 最初に田中先生が事務連絡をした後、生徒は実験器具を用意してそれぞれの研究を再開した。その後、田中先生は実験室内を歩き回って各実験の様子を見守り、生徒から話しかけられると対話を行う。

「最も注意深く見ているのは安全面です。それ以外に生徒から相談や質問を受けても答えやヒントは与えず、まず生徒から言葉を引き出すことを心がけています。自分は何をしたいのか、何に困っているのか、とにかく本人に語ってもらわなければ始まりません。もっとも、知識不足で言いたいことが言葉にならない場合は、対話を通して生徒の考えが明確になるようにサポートします」

家庭基礎の教科書を見ながらディスカッション。

家庭基礎の教科書を見ながらディスカッション。
試行錯誤しながら自分の研究テーマを決めていく

この日の授業では、2人の生徒が、家庭基礎の教科書を見ながら意見を交わす姿が見られた。1人の生徒は、「研究に行き詰まってしまい、思い切ってテーマを変えることにしました。土壌の栄養素が植物の生育にどのように作用するのかを分析したいと思い、栄養について勉強した家庭基礎の教科書を見ながら、適切な植物を探しています」と話す。
 この相談を受けた田中先生は、生徒の話を最後まで聞いた後、「頑張って」と言って、アドバイスはせずにその場をはなれた。

「課題研究には、生徒が主体的に取り組まなければ意味がありません。特に研究テーマは、生徒が自身の力で課題を見つけて設定するべきだと考えています」

その後も、想定した変化がなかなか表れなかったり、予定通りに進まなかったりと、様々な課題を抱えながら研究に取り組む生徒に、それぞれのレベルや進捗に合わせて指導をした。その際も、答えやヒントは与えず、とことん生徒に考えさせるというスタンスは一貫している。


生徒同士をつないでコミュニケーションを生み出す

田中先生のこうした指導を生徒はどのように受け止めているのか。
 ある生徒は 「どうしても分からないことは、図書館で専門書を探したりして、自分で調べます。田中先生にも相談しますが、あまり助言をもらうと自分の研究ではなくなる気がして……」と語る。別の生徒は、「先生は、最後に確認する、頼れる存在」と言う。生徒の中には、「自分の研究だから自分でやり遂げたい」という思いが確かに育っているようだ。

田中先生は、生徒との対話の中で、生徒同士をつなげる働きかけをすることも多い。  「『〇〇さんが同じ薬品を扱っているから、聞いてみるといいよ』というように、生徒同士を結びつけることをよくしています。互いに学び合えるのは、同じ空間で研究を進めているよさと言えます」(田中先生)

授業中は、自由な雰囲気の中で、生徒が集中して実験を進めている印象を受けた。それぞれのテーマに沿って研究に取り組むかたわら、クラスメートと研究に関連する話をしたり、進捗を伝え合ったりなど、コミュニケーションが非常に活発なのは、田中先生のこうした方針があるからだろう。

まさに生徒主体のスタイルで授業は進行し、想定通りに実験を進捗させた生徒もいれば、足踏みをしたり、テーマの変更を決意してスタートに逆戻りをしたという生徒もいたようだ。いずれにせよ、生徒はそれぞれがこの日の研究を振り返って課題を整理し、次の授業に臨むことになる。

最後に田中先生から、本日の実験を次回に再開しやすい形で保管するようにという指示があり、授業は終了した。


 
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