教育フォーカス

 

【特集17】学生の学びと成長のプロセスを可視化する
第25回大学教育研究フォーラム 参加者企画セッション 開催報告
2年半の追跡調査に基づくアサーティブプログラム・アサーティブ入試の現状と課題 ~多面的な評価に基づく選抜の効果とは~


■報告6 総括:キャリア形成・開発の視点を入試という節目にどう仕込むのか  資料

追手門学院大学 学長補佐 アサーティブ研究センター長 池田 輝政


同じ大学のメンバーでありながらアサーティブプログラム、アサーティブ入試の実践とは少し離れた立場に身をおいてきたので、この取り組みのエッセンシャルは何なのかということに論点を絞って、総括をしてみたいと思います。

私の立場は学校・大学・社会における学びの連続性をキャリア形成・開発の視点から捉え直してみようというものです。この立場から言えることは、高校から大学入試という節目にキャリア形成・開発の視点を進学志望者にどう仕込むのかということが、アサーティブの取り組みにおけるチャレンジであったと意味づけます。これは、文部科学省の最近の施策をみても、高校生一人ひとりの自発的なキャリア形成や社会で必要な基礎学力とそれに伴う学習意欲の喚起など、学びの基礎にかかわる「高大接続」答申(2014年)のなかにも組み込まれている視点です。しかし、この答申のなかでは高い学力層に向けて教科学力を競争させる共通テストを実施することになっているので、学びの基礎にかかわる「高大接続」革新への高大の理解や取組への熱意は全体として薄められると判断します。これまでの入試の仕組みと併存する新たな高大接続の改革に向き合う余裕のないのが高大の現場の現状ですから、これを正そうというのが、このアサーティブプログラム、アサーティブ入試だったのだろうと考えます。よくぞ一大学の立場でこんな戦略的な動きを考え実行できたものです。

結局、教育の接続というからには、小学校、中学校、高等学校、大学が相互に分かるような思考とコミュニケーションのフレームワークが用意される必要があります。今までは入試の多様な評価を導入しつつも、教科の学力を上げることに焦点が当てられることに変わりはなく、新たな「接続」観が入る余地はありません。大学からみえる現実は、学力不足を解消できなかった学生が厚みをましてくる状況です。次の学習指導要領では、難しいことばで新しい「学力」が打ち出されていますが、生徒や学生、高校や大学の教師も内容を伴わないことばだけではどう指導していいか困っているのではないでしょうか。「学力の成熟」という接続の課題もいまだ解決されていないですし、さらに言えば、「学力の成熟」の重要性は否定しませんが、そこにだけとどまる段階ではない。もう一つ大事なものが「キャリア成熟」という考え方です。「キャリア」の言葉は歴史的には大人を対象に生まれました。小、中、高、大のカリキュラムのなかではキャリアを考える学びより、もっと学力を上げなさい、という指導や学びを主流にしてきた歴史がある。でもそれでは主体的な人間は育たないということがわかってきて、「キャリア」を子どもたちの言葉にしようという課題認識が全世界的に広がってきた。今世紀に広まったこの変化を受けとめて、大学の側から「基礎学力の成熟」と「キャリアの成熟」の両方にチャレンジしようと考えたのが、アサーティブプログラム、アサーティブ入試のメッセージであったと考えています。現状をみると、このメッセージは高校や大学でも、まして社会にもまだうまく伝わっていない。これを何とかしなくてはいけない考えました。たとえ一大学であってもこの「接続」観を全日本に発信し続けるのが総括としてのねらいです。

「キャリア成熟」とは、①自分を知る、②学び方を知る、③プランニングする、の3要素からなるフレームワーク的な概念です。私たちはこの考え方をベースに、カリキュラムの内容や勉強の方法をもう一度見直しませんか、という提案をしました。この3要素からなる「キャリア成熟」の考え方であれば、小、中、高、大、そして社会にも通じると思います。企業に伝えることもできます。この3要素は、アメリカのキャリア教育のフレームワークにもなっているので、私たちも共有した方がいいかなと考えました。これは人が自分自身を成長させるために「内なる外の目を鍛える」という教育と学びになります。このキャリア形成力を育むことがこれからの高大接続の肝になると思っています。アサーティブプログラムとアサーティブ入試の戦略設計が日本社会に投げかけた本質をこのように発信したいと考えます。

戦略的な組織優位性の観点から述べると、アサーティブのプログラムと入試の強みの一つは、大学スタッフが実践する面談法、面談力にあると思います。職員によるアサーティブ面談という方法論がないと、大学からの発信ができないし、高校生や高校に届けることができない。さらには中学校にも届かない。資料のシート5には大切な言葉となる「面談力」を以下のように意味づけてみました。

経験を振り返ることで人は成長する。自分の現状を俯瞰できれば、その先を展望することが容易になる。それを「バックキャスト」と一言で表現しています。「バックキャスト」の別表現として「再帰的にこれまでを想起し」と述べたのは、表現の多様性が面白いと思って、講演で聴いたICUの副学長森本あんり氏の言葉を拝借しました。

二つ目の組織優位性は知的成熟に対する支援ツールの提供です。教科の学力を伸ばすことだけが知的成熟ではなくて、学力の本質には、基礎学力においても知的な成熟と呼べる水準があるという考え方があります。教育学では国語や数学は「道具教科」としての側面をもち、基礎学力の成熟度に深く関連すると言われてきました。アサーティブのプログラムと入試では、基礎学力の知的成熟に焦点を当てて、言語・非言語・問答式のマナボスと命名した教科フリーのテスト問題を作り、インターネットで志望者に訓練する機会を提供しています。

今後の課題として思うことは、一大学の小さな取り組みを全日本で考えてもらいたい、ということです。「キャリア成熟」の概念、これを学ぶコンテンツをどうやって教育プログラムとして作っていくか。それを可視化する理論・方法・実践の知を拡げていくか。小、中、高、大、そして企業にもこの課題を発信できたら面白くなるかなと思います。また、競争試験ではなく、知的成熟のための基礎学力の観点からは、成熟=「ここまで身につければいいよ」ということが分かるようにしてあげることも必要です。


 

 

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