教育フォーカス

【特集22】新しい時代の"チーム育児"を考える〜乳幼児の生活と発達に関する縦断研究より〜

 【指定討論】 

    人類の子育てにおける「チーム育児」の必要性/遠藤利彦

遠藤利彦●えんどう・としひこ

東京大学大学院教育学研究科教授。教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)センター長。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得後退学。博士(心理学)。専門は、発達心理学・感情心理学。著書に、『赤ちゃんの発達とアタッチメント』(ひとなる書房)などがある。

人類は、もともと母親が1人で子育てをしていたのか?

遠藤利彦

はじめに、そもそも人類がどのような子育てをしていたのかを考えてみたいと思います。それは、「チーム育児」の意義を理解することと関連します。

人類の赤ちゃんは、ほかの哺乳動物の赤ちゃんに比べて、格段に手がかかります。その要因の1つは、生理的な早産化にあります(図3)。人類は、二足歩行を始めた影響により、骨盤が大きく変化しました。そうした中、女性の産道が狭くなり、お腹の中で赤ちゃんが大きくなりすぎると出産するのが難しくなるため、赤ちゃんがお腹の中にいる期間(在胎期間)が短くなっていきました。人類の赤ちゃんは、かなり未熟な、手がかかる状態で生まれてきているのです。

また、人類の子どもは、「乳児期」を終えてから第二次性徴が表れるまで、十数年もの長きにわたって「子ども期」が続きます(図4)。その間は、大人が子どもに食料を与えたり、子どもの安全を保障したりする必要があるため、人類の子どもは、手がかかる期間も長いことになります。


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このように長期間にわたって手がかかる子どもを、母親の力だけで育てていたとは考えられません。そこで、生物学では、母親・父親が親族やコミュニティの支援を得て子育てをしていたとする「集団共同型子育て」仮説が提唱され、有力視されています(図5)。つまり、「チーム育児」は、人類がもともと行っていた子育ての形態、自然な形態である可能性が高いのです。

「イクメン」という言葉が一般化し、父親の子育てへの参加が広がりつつあるとはいえ、「子育ては母親がするべきだ」といった主張は根強くあります。また、子育てがしたくても難しい父親もいます。そうした状況を改善していくためには、私たち一人ひとりが現代の事情にかなった「集団共同型子育て」のあり方を考えることが欠かせません(図6)。


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父親が子育てにかかわると、子どもの発達にどう影響する?

私が専門とする発達心理学の観点からも、「チーム育児」には大きな強みがあると言えます。それを、話題提供で示された内容に関連させて見ていきます。

大久保研究員が発表した妊娠期からの支援の重要性は、極めて示唆に富むものでした。例えば、現在の発達研究では、心臓血管系の病気や糖尿病といった様々な病気の要因は、胎内環境にあるとする「成人疾病胎児期起源説」が注目を集めており、同説に従えば、胎内環境を健全に保つことは、人間の一生における心身の健康の鍵を握っています。胎内環境は妊婦の心身の状態によって変化するため、配偶者や周囲の人たちによる支援が大切になることは言うまでもありません(図7、8)。


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真田研究員の発表は、思うように子育てにかかわれない父親の実態を浮き彫りにしました。子どもの発達には、乳幼児期に父親とかかわることが大切です。例えば、乳幼児期に父親とかかわる時間が長かった子どもには、思春期や青年期に至っていわゆる問題行動を起こすことが少ない傾向が見られます(図9)。

また、短時間であっても、父親が子どもと特別な時間を過ごすことで、子どもの発達へのよい影響が見られます。具体的には、父親が絵本の読み聞かせをすると、母親が読み聞かせをする以上に、子どもの言語発達に効果があることがわかっています。その背景には、父親は母親と異なり、子どもとの会話の中であまり子どもに合わせず、子どもが知らない言葉を用いやすいことがあると考えられます。

子育てコミュニティを取り上げた李研究員の発表からは、子育てにおける父親の役割を考えさせられました。父親の子育てへのかかわり方は、社会によって多様なのですが、母親が、親族や友人、地域といった父親以外の子育てコミュニティからの支援を受けられなくなると、どの社会でも父親の重要性が高まります。そうした状況で、父親から思うような支援が得られないと子どもの発達環境は悪化してしまいます。

だからこそ、幅広い支援のネットワークの構築が求められるのですが、李研究員の発表にもあったように、親が主体的に必要な支援を要請できるようになることも大切です(図10)。親になる前から、援助要請をする資質・能力をいかに育んでいくかが、今後の教育における最重要課題になるのではないでしょうか。


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