教育フォーカス

【特集23】保育の質を高めるために、保育記録の活用を考える

    基調講演:保育の質の向上に保育記録が果たす役割

大豆生田啓友●おおまめうだ・ひろとも

玉川大学教育学部教授。日本保育学会副会長。厚生労働省「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会」委員。専門は乳幼児教育学・保育学・子育て支援。『日本が誇る!ていねいな保育 0・1・2歳児のクラスの現場から』(小学館)など著書多数。

保育記録を次の保育計画につなげる

大豆生田啓友

今日は、保育の質の向上に保育記録が果たす役割について、お話ししたいと思います。幼児教育において、子ども主体の遊びを中心とした学びが、重要だと盛んに言われています。それを実現するためには、日々の子どもの姿から成長を見取り、そこから次の保育の計画や改善をしていくことが重要です。

現在、私は汐見先生が座長を務める厚生労働省の「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会」に参加していますが、そこでも保育の質を高めるために、さまざまな課題が挙げられました。職員間の対話を通じた園全体での保育の理念や情報の共有のほか、子どもの育ちや遊びに関する記録の活用も挙げられています。

厚生労働省がまとめた「子どもを中心に保育の実践を考える ~保育所保育指針に基づく保育の質向上に向けた実践事例集~」にも書かれていますが、日々の記録等をもとに保育を振り返ることが重要であり、保育の見直しを行うことで、保育実践の充実や改善の方向性や手立てが重要になるとされています。それは、国外でも盛んに言われています。

保育記録には多様な種類がある

保育記録の手法にはいくつかありますが、今回は3つの手法をご紹介します。

1つめは、京都大学名誉教授の鯨岡峻先生が提唱する「エピソード記述」です。子どもの行動を観察してエピソードとして記録し、その意味を見出すという手法です。例えば、すぐ他の子に手を出してしまう子に、乱暴だとラベル付けをしてしまうのではなく、その子どもの行為を振り返り、なぜ手を出してしまったのか、理由を見出すのがプロの保育者です。そのようにエピソードを丁寧に記録し、振り返ることで、子どもを深く理解することができるのです。

2つめは、聖心女子大学教授の河邉貴子先生が提唱する「保育マップ型記録」です。保育環境図に子どもの遊びの様子を書き込み、指導計画につなげる記録方式です。おままごとコーナーでは、誰がどんな風に遊んでいたかなどを書き込む方法で、保育の全体を俯瞰しつつ、一つ一つの遊びの状態をとらえるまなざしを持って取り組むことが大切です。

そして3つめは、「写真付き記録」です。それらは、「ポートフォリオ」「ラーニングストーリー」「ドキュメンテーション」などと呼ばれています。

「ポートフォリオ」は、子どもの育ちを記録し、それを蓄積していくものです。「ラーニングストーリー」は、ニュージーランドの幼児教育「テファリキ」などで採られている手法で、子どもの学びを理解する手法です。学びの物語と言われ、子どもの学びを見取る視点が示されています。例えば、子どもは何に興味を持っているのか、何に夢中になっているのかなどといった観点で子どもを見ると、子どもがどんなことを学んでいるのかが見えてくるというものです。最後は「ドキュメンテーション」です。これは、イタリアの幼児教育「レッジョ・エミリア」から世界中に広がった、写真等を用いた記録です。この記録は、保育者自身の振り返りのツールであるほか、子ども、保育者同士、保護者や地域の人との多様な関係性の中での「対話」のツールにもなります。

代表的な3つのそれぞれの記録の手法はそれぞれの優れた特徴があり、どれがよいというよりも、こうした記録のそれぞれの特徴を知ってそれぞれの園にあったよりよい在り方を探ることが大切です。

「写真付き記録」の活用が、保育の質を高めるきっかけに

子どもの学びの育ちを見るときに「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」がありますが(5)、日々の保育のなかで、「10の姿」を見ていくのは難しいと言えます。ただ、写真を記録に使うことで、保育の振り返りがしやすくなり、先生同士や子どもとの対話も豊かになるため、その良さを実感する先生方も増えているようです。記録の形式も多様になり、ファイル式にしたり、ウェブ型の記録にしたり、各園の先生が工夫されています。


5.幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿
 ①健康な心と体
 ②自立心
 ③協同性
 ④道徳性・規範意識の芽生え
 ⑤社会生活との関わり
 ⑥思考力の芽生え
 ⑦自然との関わり・生命尊重
 ⑧数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
 ⑨言葉による伝え合い
 ⑩豊かな感性と表現


私が行った事例研究※1では、写真を用いた記録をすることで、子どもたちがおもしろがっていることや真剣に取り組んでいることが見え、先生と子ども、保育者同士、保育者と保護者と、記録の鑑賞を通じて対話が増えたという結果が出ました。

忙しい毎日のなかで、連絡帳や保育日誌、おたよりなどの書きものに費やす時間を省力化しながらも、意味のある保育記録を残すには、ICTの活用がポイントになると考えています。ただ、保育記録の作成と活用には課題もたくさんあると思います(6)。第2部では、そのお話ができればと思います。


6.保育記録の作成と活用の課題
 ・そもそも、記録を書く時間がとれない!
 ・書きものが多すぎて、どう効率化できるか悩んでいる!
 ・記録を書けない保育者が増えている!
 ・書かなければならないから、書いているのが実態!
 ・「・・・していた」だけで終わっている!
 ・書いているけれど、役立っている実感がない!
 ・記録に時間がかかりすぎている!
 ・写真記録に挑戦しているが、なかなかうまくいかない!

  ※発表資料より


※1 岩田恵子・大豆生田啓友(2018)保育の可視化へのプロセス 玉川大学学術研究所紀要,24,1-13



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