教育フォーカス

【特集9】少子化社会と子育て

[第6回] 子育てのスタート期の母子を支えるために、
   社会全体で妊娠・出産・子育ての切れ目のない支援を  [2/3]

2.【講演】産前産後ケアから子育てまでの切れ目ない支援を
~優しさが循環していく社会を目指して~

福島 富士子先生

福島 富士子●ふくしま ふじこ

東邦大学看護学部教授・一般社団法人産前産後ケア推進協会理事 

専門は母子保健、ソーシャル・キャピタル。産後ケアの第一人者として、多くの調査研究に携わる。全国での講演も行っている。著書に『産後ケア』(岩波ブックレット)他。ベネッセ教育総合研究所「産前産後の生活とサポートについての調査」監修。

■ なぜ、産前産後の母親への切れ目のない支援が必要か

私からは、産前産後の切れ目のない支援について、現在、国や自治体でどのような取り組みがされているかを、背景と共にお話しします。妊娠・出産時期のケアは主に医療機関で、子育てや虐待対策は主に福祉機関と分かれていることが多いですが、産前産後の時期は担当機関が分散しています。一方、母親にとっては、妊娠・出産・子育ては繋がっています。病院等で出産し、短時間で退院した後には、日常生活と育児が待っています。

母親の育児不安の要因として、①赤ちゃんの沐浴がうまくできない、②夜泣きがひどくて眠れない、③子育てに自信が持てないなどが挙げられています。病院での医療的なケアだけでなく、生活レベルでの母子のケアが必要とされています。
 近年0歳児への虐待件数が増加していますが、加害者が母親である場合が多いことも、出産後の母親への適切なケアの必要性を表していると思います。国は現在、妊娠・出産・子育て期の母親の切れ目のない支援を目指しています。

■ 合計特殊出生率が3を超える島

産前産後の母親への適切なケアとはどのようなものでしょうか。2003年度に少子化社会への政策に関する研究で、人と人とのつながりをつくることを軸とした施策を提案しました。背景として1990年に日本の合計特殊出生率が1.57となり、少子高齢化が深刻化してきました。原因として、晩婚化、晩産化、女性の就労率の上昇などが挙げられましたが、2003年の提言に至るまでの調査研究の過程で、合計特殊出生率が3を超えている地域がありました。
 その一つ、沖縄県の多良間島の合計特殊出生率は3.14でした。私たち研究班は多良間島で3年間調査を行いました。そこでわかったことは、この島には今でも互いに助け合う暮らしが残っていたことでした。子どもを実の親だけでなく、周りの人も一緒に育てる環境があることでした。
「ソーシャル・キャピタル」という概念があります。社会関係資本と訳されますが、簡単に言えば「信頼」「ネットワーク」「お互いさま」です。こうした意識は昔の日本には少なからずあったと思うのですが、だんだんと失われてきました。多良間島での調査では、人との関係が豊かな暮らしが残っており、それが子育てにプラスに働いていると考えられました。
 これらの調査結果をもとに研究班として、人と人とのかかわりのきっかけをつくる行政施策と、関係性に基づく地域づくりの支援を提言しました。具体的には、地域の助産院や、戦後の母子保健センターのような機能を持った宿泊型の産後ケア施設の設置を考案し(図5)、世田谷区などで実現しています。


図5.ソーシャル・キャピタル醸成の拠点としての産前産後ケア施設の役割

図5.ソーシャル・キャピタル醸成の拠点としての産前産後ケア施設の役割

(出典) 福島富士子 (2014)「産後ケア―なぜ必要か 何ができるか」岩波ブックレット

■ ソーシャル・キャピタルの基本は母子間に

アメリカの社会学者ジェームズ・コールマンは、ソーシャル・キャピタルの原点は家族にあると言っています。その源は母子の愛着形成にあると考えています。生まれてすぐの赤ちゃんは自分では何もできません。母親や父親が泣き声やしぐさから、赤ちゃんの要求を察して満たしてくれる。その繰り返しによって赤ちゃんは、「人は信頼できる」ということを感じ取っていくのです。

赤ちゃんを育てる母親が、身体的にも精神的にもたくましく、楽しく育児に向き合えるような支援態勢を整えられればいいと思います。先行研究では、母親が育児でもっとも心配だった時期は、退院直後から3ヶ月頃までという結果が出ており、特にこの時期を中心にサポートすることで、母子ともに安定した暮らしを築いていきやすくなると考えます2)。そのためには周囲からのケア・サポートも必要ですが、同時に女性自身が生活を整えていく必要もあるでしょう。

私が創設にかかわらせていただいた世田谷区の産後ケア施設では、母親同士がつながる工夫をしています。母親たちは個室で過ごしますが、食事は1階の食堂で全員が集まって食べます。母親たちは最初はぎこちない感じですが、食事が終わるころには母親同士がメールアドレスを交換していました。こうした交流の機会を通して、母親自身も人とのつながりをつくり、地域社会に参加出来るきっかけになると思います。
 「妊娠・出産・子育ての切れ目のない支援」は個々の母親を医療モデルで支援する狭義のケアではなく、地域との関係性を再構築しソーシャル・キャピタルを醸成する生活モデルとしての新たな概念と言えます。そして地域社会が子育て中の家族を支え、世代間で継承していくことが、「優しさが循環する社会」ではないでしょうか。

■ 「日本版ネウボラ」を目指して

ソーシャル・キャピタルを基本として、妊娠・出産・子育てまでを一貫してサポートする仕組みの重要性を認識した上で、国は2014年度に地方創生政策の中に少子化対策も加え、5年間の予算付けを表明しました。妊娠・出産・子育ての切れ目のない支援の施策として目指しているのは「日本版ネウボラ」の設置です。「ネウボラ」とはフィンランドの妊娠、出産、子育て中の家族のためのサポート施設で、そこでは、1人の母親の妊娠・出産・子育てを一貫して同じ保健師や助産師が担当します。この事例を踏まえ日本では、ソーシャル・キャピタル醸成の概念をプラスして地域づくりまでを広く捉えた「日本版ネウボラ」を検討していく必要があるでしょう。
 国は、モデル事業として、母子手帳交付時から子どもの就学までを一貫して担当する、①母子保健コーディネーターの設置、②産前産後サポート(地域のシニア世代や民間、NPOとの協働)、③産後ケア(助産院などでの母乳ケア、疲労回復など)を挙げ、①は必須としています。母子手帳交付時にコーディネーターが妊婦さんの生活状況について丁寧に聞き取りをし、必要であれば産前から②や③のサポート担当者につなぎ、継続したケアを提供することを目指しています。
 2014年度は、①のモデル事業に50の基礎自治体(市区町村)が手を挙げました。2015年度は150自治体になる予定です。今こそ、全国のより多くの自治体に、妊娠・出産・子育ての切れ目のない支援の重要性と、「日本版ネウボラ」について知っていただき、実行していただく大事な時期と考えています。

 2)原田正文他「児童虐待発生要因の構造分析と地域における効果的予防方法の開発」『児童虐待発生要因の解明と児童虐待への地域における予防的支援方法の開発に関する研究 平成16年度 研究報告書』より

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