教育フォーサイト

対談:安西祐一郎氏に聞く「日本の教育課題と展望2013」全3回連載

いま日本が目指すべき教育とは何か
急速にグローバル化が進む社会で求められる人材像とは
小中高生の学びはどのように変わっていくのか、教師はどうあるべきか
最新の教育トレンドを内外の第一線の識者に聞く「教育フォーサイト」。
第一弾は日本学術振興会理事長の安西 祐一郎氏に聞きました。
聞き手 : ベネッセ教育総合研究所理事長・新井健一

【第3回】ICTによる学びの変革とグローバル社会に必要な教育 [1/4]

 ICTは「学びの方法」を変える

新井  第1回は社会と大学第2回は小中高の教育についてお聞きしました。最終回の今回はICTとグローバル教育についてお聞きします。

TIMSS「理科に対する意識」

図1 TIMSS「理科に対する意識」

ICTの教育への活用を考える上で気になるデータがあります。PISAのアンケート調査結果で中等教育を受けている生徒に対する「サイエンスの授業が将来の自分に役立つと思うか」という質問についての回答です。日本の生徒はPISAのスコアは高いですが、アンケートでは「役立たない」と回答しています。逆に、カナダなどはスコアが日本と同じ位ですが、生徒たちは将来の自分に「役立つ」と回答しているのです。

その違いは、今の日本の教育が社会との関わりをそれほど考えなくても済んでしまっているからではないでしょうか。学校が社会に開かれているとか、子どもが社会を常に感じながら学んでいくためにも、ツールとしてICTの活用は重要ではないでしょうか。

安西  それはおっしゃるとおりです。ICTというのは主としてデジタル技術やネットワーク技術、およびインターフェース技術やコンテンツ技術、さらにはコンテンツそのものやその利用法などの総称と考えられますが、ICTの活用に最も期待することは、学習者が自分の目標を持ち、自分のペースで、自分のために学ぶことができるようになることです。チームワークの力をつけることも含まれます。つまり、主体的に学ぶ力を身につけられるようになることですね。次に期待することは、デジタル教材はどんどん増えていて、これからも急速に増えていくでしょうから、従来の教材と組み合わせた教材選択の幅が飛躍的に広がることです。そのときに、学習指導要領の範囲でなければ教材は使ってはいけないとか、そういう制限は現実には通用しなくなる可能性があります。

新井  一方で教育コストが課題になりますね。

安西  所得格差の問題をどう見るかです。端末の価格だけでなく、教材のダウンロードなど、いろいろな場面で費用がかかる可能性はあります。そのときにお金持ちの子どもほどICTを活用できるような状況をつくってはいけない。所得格差による学力格差がICTによって増幅されないように、経済的側面を十分考慮したうえで、ICTを教育に導入していかなければなりません。

新井  そこまでコストをかけて、なぜICTを導入するのかという問題もありますね。

安西  ICTを教育で活用する目的は何かというと、情報技術を導入することではなく、学びの方法を変えていくことなのです。学びの方法を変える目的は、これからの人生を豊かに、幸せに暮らせる子どもたちの学びの「場」をつくることにほかなりません。ICT活用の利点は、従来の教科学習が個々の能力や理解水準に合わせてできるということ、また、自分で主体的に情報収集や分析ができるだけでなく、自分で発見や創造ができる機会が広がり、チームワークも広く、深く行えるようになるということです。また、従来の紙の資料集では入手が困難な最新のデータ、資料が使えます。

新井  そうなれば、アートとかスポーツとか、そういう人格形成に大きな影響を与える分野でも活用できます。つまり、ICTの価値は単にテストの点数への影響だけではなく、人間が本来求められる能力、資質のために必要なものだという理解がないといけないと思います。結局、効果の有無は使い手の問題なのですが、そのあたりはまだすっきりと理解されていない感じです。

安西  昔ながらの一斉授業にデジタル機器端末を入れることは、それだけでは教育へのICT活用とは言えません。ICTを活用することで、子どもが伸び伸びと学べ、世の中に無限にある知識や情報を自分で利用できるようになり、他人とコミュニケーションができるようになり、さらにチームワークができるようになり、そういう経験のなかで自分なりの達成感を感じることができ、主体性が身についていくという過程が大事なのです。

たとえば、私の書いたある本の中に、「2020年の家族」という架空のインタビューが載っています。2010年に生まれて2020年に小学4年生になる女の子が、その小学校でどういう勉強をしているのかを想像で書いた内容です。2020年には学校と世界がネットワークで繋がっていて、小学4年生の女の子が自分のテーマをもって研究しています。

何を研究しているかというと、「中世の交通」について調べていて、トルコのイスタンブールの小学生とネットワークでやりとりをしているという設定です。なぜなら、イスタンブールが世界の中で東西の交通の要所になっていましたから。小学4年生でも自分に関心や目標があれば、こうした学びの場を創ることは十分できるはずです。

ただ、現実には学校のネットワークから校外にはアクセスできないケースが多いのです。セキュリティの問題があるので、学校内の生徒は外とメールのやりとりができないことが多い。学校間や小中高の連携などを促進するためにもICTをもっと活用する道はありますね。

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