新井 日本では「一意専心」を尊重して、同じ事を続けていきますね。でも、例えばアメリカのアスリートのキャリアを見ると、医学部にいましたとか、以前は競技とは関係のないこんなことをやっていましたとか、多様なキャリアを持っている方が多いです。この日米の違いにはどのような背景があるでしょうか?
為末 アメリカの場合、小学校、中学校のスポーツはシーズン制で行うものなので、1つの競技に集中できない仕組みになっています。1年間に必ず3つのスポーツをやらなきゃいけない、というシステムです。あとは、学校教育の中にスポーツが入っていることは少なく、地域でやることが多いですね。
日本の場合、何か1つに入り込む。例えば、谷亮子さんが柔道一本で進んで成功したような例はいいのですが、反対にミスマッチも起きている感触があります。というのは、オリンピック選手が競技を始める年齢は、4歳から10歳くらいです。その年齢でチームに入ると、「1回始めたからには最後までやり通せ、あきらめちゃいけない」と言われて育ちます。そうするとミスマッチの解消ができないです。でも、4歳から10歳のときに始めるスポーツは、自分で選んだとは言えないでしょう。それなのに、幼少期にうまくハマッた人はうまくいくが、そうじゃない人はうまくいかない、というのが今の日本のスポーツだと思います。このミスマッチを解消する仕組みをつくるだけでも、他の競技で開くはずだった多くの才能が開くようになっていくのではないでしょうか。
新井 開くはずの才能、ということですが、そもそもトップアスリートに必要な資質・能力とは何でしょうか?
為末 巧緻性、瞬発力、腱の機能などの身体能力を別とすると、まず挙げられるのが熱中できる能力かと思います。2つ目は、苦しくなったときに楽観視する能力。例えば右足を怪我で痛めたときに、「右足を痛めてしまった」と思う選手と、「左足は動いている」と思う選手がいます。この場合、後者の選手の方が最後まで生き残るアスリートには多いです。3つ目は、自己確信というか、自分自身に対しての肯定感が強いということ。ときどき強過ぎる選手もいますが(笑)、だいたい大きく分けてこの3つが、身体能力以外の資質だと感じています。
新井 自分を客観的に見ることができる能力はいかがですか? トップアスリートは、イメージトレーニングで走っているときの風まで感じられる、という話を聞いたことがあります。
為末 それについては、例えばハンマー投げの経験者と未経験者がCTスキャンの装置の中に入ってハンマー投げをやっている映像を見ると、脳の活動が明らかに違うそうです。ハンマー投げ経験者の場合は、脳の運動を司っているところが活性化する、と。そういう点から脳のレベルでは、イメージトレーニングは擬似的に本番と同じ状態になっていると証明されているようです。
ただ、選手によってはまったく自分を客観的に見ていない選手もいます。こういう選手は、いいコーチと組むことで成功に近付く選手が多いですね。選手の方は自分の感性に従って動き、外から見ている人間がそれを修正してくれるわけです。役者と監督の関係ですね。一方で、両方の役割を自分1人がやる選手もいて、映画監督であり、役者もこなす北野武さんみたいな選手でしょうか。ただし、これはどちらのタイプがいいという話ではなく、選手の性質によって分かれていくことが多いです。
新井 先ほどトップアスリートの内的資質として、自分に対する肯定感の強さを挙げていらっしゃいましたが、これは単純に強ければ強いほどいいのでしょうか?
為末 僕のイメージの話なので学術的にはわからないのですが、何かを成し遂げることによって自分には価値があると考えるタイプと、自己肯定感の強いタイプがいる気がします。前者は、いざ本番になると、「これに失敗すると自分の価値がなくなってしまう」という恐れが大きく出ます。このタイプは、本当の勝負どころになると不安や恐怖の方が大きくなり、チャレンジングではなくなります。一方、自己肯定感の強い人は、「競技で成功しても失敗しても自分は自分」という、根幹に肯定感があるのでチャレンジングです。要は「失敗しても自分は大丈夫」と思っていて、逆説的ですが、だからこそどんどんチャレンジをして挑戦の量が増え、経験を積み重ね、結果、最後はそういう選手が勝ちます。だから、トップアスリートの方々はどこか無邪気さというか子供っぽさがあって、失敗してもあっけらかんとしていますね。ちなみに、この選手はなんでこんなに勝負強いのかな、と背景をさかのぼっていくと、家庭環境や幼少期の環境に行き着くような気がします。きちんと研究していないので仮説ですが、「この親にしてこの子の勝負強さ」みたいなことは直感します。
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