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対談:為末大氏に聞く「スポーツと教育の未来」全2回連載

【前編】トップアスリートの条件 [4/4]

 モチベーションと結果の関係

新井 教育の世界で言われていることですが、日本の子どもは学習に対するモチベーションと学習結果に対する自己肯定感が低いです。アスリートの中でも、モチベーションが低い人はいるのですか?

為末 います。(笑)

新井 いるのですか!? モチベーションは低いが速く走れてしまう、という人がいるのですか。

為末 日本の部活動を中心としたスポーツシステムはよく出来ています。一度入ると練習せざるを得ない仕組みになっていて、身体能力がある人間が入ると、とにかく練習しないといけないような空気・システムになっています。そういう人間は、気がつくとかなりのレベルまで達している、ということはあります。ただし、トップに立つために自分をコントロールしないといけない領域に入ると、そういう選手は厳しいです。

新井 ある程度のレベルまでしか指導でコントロールできないシステムということですね。

為末 凡人を秀才にするシステムは、本人のモチベーションに関わらず成り立つと思いますが、秀才を突き抜けて超秀才、もしくは天才をどうやって活かしていくかという世界は、そのシステムだと合わないです。長嶋茂雄さんをどうやって量産しようか、って難しい話ですね。(笑) むしろ才能を殺さないようにするにはどうするか、みたいな世界です。

 トップアスリートの師弟関係

新井 オリンピックでメダルを取るレベルの人のコーチとの関係はどのような関係なのでしょうか?普通、メダリストの選手はコーチよりアスリートとしてのレベルは高いですよね。

為末 はい、アスリートとしては。

新井 では、トレーニング方法などは、最終的に決めるのは選手でしょうか、コーチでしょうか?

為末 具体的な例でいうと、選択肢をコーチが提示する、という形が多い気がします。例えば、Aというトレーニングはこういうメリットとデメリットがある、Bをやればこういうものがある、というように示します。最終的にAかBかを決めるのは、選手とコーチが話し合いながら決めるパターンもあれば、コーチが決めるパターンもあります。トレーニングに関するメリット、デメリットは経験がないと見えないので、コーチに必要なことはこの経験です。色々な選手を見て経験を溜め、「Aを行った選手を何人か知っていて、Aの場合はこういうパターンで成功したり失敗したりしたよ。逆にBはこうだ」というようなことを教えられる力ですね。

もう1つはよい依存関係をつくるという、心理面での役割ですね。本当に最後の瞬間、オリンピックのレースのためにウォーミングアップをしてトラックに入っていくときなどは、コーチは何の指示もできないです。でも選手がよく言います、「最後にコーチの顔を見て出られるかどうかでずいぶん違う」と。

すべて1人でやっていた僕にとっては、それは依存関係に見えますが、そういうお互いの役割分担の中で上手に生まれる依存関係は良好な人間関係なのだと思います。ただ、この距離感が近くなり過ぎて、身動きがとれなくなるようなコーチと選手のパターンもあります。

新井 なるほど。トップアスリートの世界では、師弟関係も自分なりに決められないといけないのですね。

 好奇心が内側から弾けるような教育を

新井 為末さんは、教育に関心をおもちだとうかがいましたが、どんなところに興味をおもちですか?

為末 僕は普通の教育システムではなく、スポーツ選手の人生を生きてきました。だから、23歳の時にメダルを獲って、初めて陸上界以外の人間と話した気がします。はっきり覚えているのですが、テレビ番組に出演した際、プロデューサーが「こういうふうに番組はつくっている」と言ったのを聞いたときに、「グラウンドの外にも世界がある」みたいなことを感じました。それで、ビジネスにすごく興味をもち、ビジネス本を急に読み始め、それ以来、興味を覚えると都度そのことに関する読書をするようになりました。最近はある研究者が書かれた「工業デザインと自然のデザインが似ている」という主旨の本を読みました。その中で、「河川と血管の広がりの形は似ている。さらに工業デザインも、実は同じような形で線をつないでいる。何かが合理的に流れる形というものはいっしょではないか」というようなことが書いてあるんですね。これが勉強だと言うのであれば、勉強はすごく面白いものではないでしょうか。僕が学生時代のときの勉強は記憶すること、もしくは集団と折り合いをつけていくことが中心だったので、もう少し自分の内側で好奇心が弾けるような学校教育があってもいいのではないかと思います。

次回後編「社会に求められるスポーツの役割」では、スポーツが子どもの成長に与える影響から2020年の東京五輪への期待まで、為末氏に迫ります。

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