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対談:遠山敦子氏に聞く   「挑戦のススメ」 [2/9]

 100万回のお説教より、体験すること

新井 体験という意味では、学校教育の林間学校などは大事なことですね。

遠山 教育には体験が大切ですね。100万回のお説教より有効だと思います。教育としての体験は大きく5つあります。1つ目は病院などに行って、ハンディキャップのある方をお見舞いする体験です。お互いのことを知り、共生する実践力が身に付きます。次に職業体験です。いろいろな仕事をやってみる体験です。3つ目が自然体験です。一緒に山や河原などへ行き、自分たちでご飯を作るような体験。または友達との合宿体験などもあります。4つ目は芸術体験。本物の芸術に小さいときに触れてもらいたいです。音楽を聞いても、オペラを聴いても、あるいは美術を見ても、ある程度リードをしてもらいながら本物に触れる体験です。5つ目は海外体験。これらの5つの体験を、できれば小学校や中学校時代にしてもらいたいです。5つ目は高校生向きですが。

新井 学年ごとにテーマを決めた方がいいでしょうか。

遠山 例えば、2年生は自然体験、3年生は病院訪問、4年生は仕事体験、5年生は芸術体験、6年生は外国人と話す、というような方針を学校ごとに立てる。そうすれば、全ての子どもたちが1週間あれば順次そういう体験ができます。人を思いやりなさいとか、自然の美しさを感じなさいなんて抽象的に言っても子どもはピンときませんが、先生が一緒に連れていって体験させると、すごくいいと思います。

新井 体験教育の重要性を説かれているのは、遠山さんのこれまでのキャリアが影響しているのでしょうか。

遠山 文部省の中学校課長のときに、校内暴力が全国で一斉に起きました。まるで日本の中学校全てが荒れ果てているかのようにメディアが騒ぎ立てました。国会でも「担当課長、あなたが駄目なのです」と糾弾されました。しかし、当時、校内暴力で荒れている学校は、全体から見れば0.2%ぐらいでした。全ての学校がおかしくなっているような風潮は正しくないと思ったのです。私は、割合にしたらアメリカの何分の1だ、なんてことを言ったものですから、国会で「あなたはそういう態度だからいかん」と叱られましたね。それで、役所へ帰って夜中にみんなを集めて話し合いをしました。

実行したことは、緊急に専門家の懇談会を開いて、硬軟とりいれた提言をつくり、それを発表したことです。そうすると、スーッと波が引くように校内暴力がなくなりました。そういう良い状態をどのように継続していくかということで、自然教室の授業を援助することになりました。各学校で子どもたちを自然の中に連れていき、1週間ぐらい親元から離れ、子どもたちに本当の自然の良さとか、友達との付き合いとか、親の大変さとか、そういうことを体験してもらいたかったのです。自然教室をやる学校は援助しますということでしたが、2、3泊ぐらいがやっとでした。

もう1つは校内暴力で荒れた中学校を立て直したいということで、本物の芸術を体験してもらおうという取り組みです。当時の文化庁の協力もあり、有名なフィルハーモニー交響楽団が荒れた中学校の講堂にいる生徒の前で演奏しました。全員黒いタキシードを着た整然とした楽団の大人たちが、ジャーンと演奏しはじめた途端にそれまで騒いでいた子どもたちは一斉に静かになりました。

新井 本物の音楽にはそういう力があるのですね。

遠山 はい。その演奏会は子どもたちも、とても感激したようでした。後日、その中学校から生徒の感想文を送ってくれました。大人たちが自分たちのために真剣に演奏してくれて、初めて芸術のすごさを体感できた素晴らしい体験だったということを、やんちゃ坊主たちが書いてきてくれたのです。

本物の芸術体験というのは、荒れた学校を落ち着かせる、あるいは、子どもたちに感動を与えるものですね。そういう体験学習のアイデアというのは、文化庁長官をやったとかそういうことではなく、私の信念です。

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