いま日本が目指す教育とは何か
これからの教育を各界の第一人者に聞く「教育フォーサイト」。
グローバル化する社会の中で多様な価値観を持つ人々と協働しながら、主体的に生きていく人を育てるために、幼児教育から大学教育までを含めた、戦後最大規模の教育改革の幕が上がろうとしています。その重要なテーマとも言える「子どもの主体性の育成」について、ベネッセ教育総合研究所の乳幼児から高等教育の各研究室の室長が語り合いました。
司会 小泉 和義 (ベネッセ教育総合研究所 副所長)
木村 治生 (ベネッセ教育総合研究所 副所長/高等教育研究室長)
邵 勤風 (ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室長)
高岡 純子 (ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室長)
小泉 はじめに、問題提起を兼ねて、現在進行中の教育改革の背景や狙いを、木村副所長から概説してもらいたいと思います。
木村 今回の改革は、巷間言われているように、グローバル化の進展やAIをはじめとする科学技術の進化といった、大きな社会変化が背景にあります。その対応のため、文部科学省は幼稚園教育要領や小・中・高の学習指導要領を改訂します。改訂は、「知識・技能」の確実な定着に加えて、「主体的・対話的で深い学び」を多く取り入れ、「思考力・判断力・表現力」や「学びに向かう力」の育成を図ることが目指されています。社会の変化のなかで活躍できる多様な資質・能力を育成することが狙いです。
さらに、高校までの学習内容や方法の変化に伴って、大学入試も変わります。従来のセンター試験に代わって導入される「大学入学共通テスト」では、国語・数学で記述式問題が出題され、英語は4技能が評価されるようになります。受験生を多面的・総合的に評価できるよう、調査書の様式の改訂も検討されています。
教育改革は、そうした社会変化への対応という捉え方ができますが、"2つの教育主義の融合"という見方もできます。「系統主義」と「経験主義」という考え方です。「系統主義」は、「知識・技能」を系統的に習得することを重視します。「知識・技能」は測りやすい学力であり、その伸ばし方も比較的明快です。しかし、偏りすぎると詰め込み教育になり、考える力が育たない、社会では役に立たないといった批判が出ます。これに対して、「経験主義」は体験的に学ぶことに重きを置きます。課題解決型の学習なので、うまくやれば「知識・技能」に限らない多くの力を伸ばすことができますが、それらは測定が難しく、学力が身についていないのではないかと批判されがちです。
明治時代に近代的な学制が確立されて以来、日本の教育は、この2つの教育主義を振り子のように行き来してきました。最近の例では、1998年に告示され、小・中学校では2002年度、高校では2003年度から実施された学習指導要領が挙げられます。このとき、詰め込み教育を改善することを1つの目的として、教科の学習内容を減らし、「総合的な学習の時間」を導入しました。子どもが主体的に課題を見つけ、その解決に取り組む学びを制度化したわけです。ところが、そうした「経験主義」を強化した試みは学力低下につながるのではないかという不安を高め、再び「確かな学力」の育成を重視する揺れ戻しが起こります。
系統主義と経験主義は、対立する考え方ではなく、本来は相補的な概念です。経験的な学びを深めるためには、基礎となる知識・技能が重要です。また、知識・技能は現実の課題解決に使われなければ意味がありません。本来は、両方の学びが必要なのですが、その両立は今まで成功したことがない難題でした。今回の改革は、日本の教育の歴史の中でも2つの教育主義の両立、ないしは融合を図る挑戦と捉えることができます。社会変化への対応というだけでなく、理想的な教育の実現という側面を持っていると思います。
それだけに、成功は容易ではないという実感もあります。保護者や教員といった周囲の大人は、子どもを伸ばす力量を高めなければなりません。学習者としての子どもには、主体的に学ぶことが求められます。言われたことをこなすだけでなく、自分で工夫し、試行錯誤しながら学びを深めていくことが必要です。その意味で、子どもの主体性を育てることができるかどうかが、教育改革の成否を左右する鍵と言うこともできると思います。
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