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日本の未来の学びに大切なことは何か。
様々な立場から教育の第一線で活躍する6人が一堂に会し、現在感じている課題や、未来の学びに対する思いを語り合いました。その「未来の学びを考える会議」レポートの第6回。
生徒中心の学びを追究し続けて学校を蘇生させた広尾学園中学校・高等学校 医進・サイエンスコースの木村健太統括長が未来の学びを展望します。

 「意欲」こそが、学びの根源

木村健太氏

広尾学園中学校・高等学校
医進・サイエンスコース統括長
木村健太氏

IT企業に勤務後、学術の楽しさを伝えるために教員に転身。2011年度に新設された医進・サイエンスコースの立ち上げから、管理・運営の責任者を務める。担当教科は理科(生物)。専門は分子発生学。全国私学教育研究集会東京大会ICT活用部会運営委員、高校生科学の祭典運営委員等を歴任。現在は、経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」委員、科学技術振興機構ジュニアドクター育成塾推進委員等を務める。

本校の説明会などで私が統括長を務める医進・サイエンスコースについて、いつもお伝えしているのが「楽しいことを大切にしよう」です。「何かを頑張りたい」「誰かのためにやりたい」など、学習において最も重要なのは「意欲」、もっといえば「欲」だと考えています。それを受験生である小学生にも理解できるように、「楽しい」という言葉を用いています。

本校で「楽しいこと」を大切にした取り組みが、中高6年間を通して行う研究活動です。その目的は、専門的な知識や高い技術の習得、正解を出すことではありません。研究活動を通して、誰も答えを知らないような問題にアプローチするための方法を知り、そうした活動にやりがいを感じる過程を大切にしています。

ですから、研究テーマは、生徒が自分で決めます。例えば、「プラナリアにおける神経筋接合部の再生」「ユークリッド関数の平行移動に関する方程式の解について」など、中高生に研究できるのかと思うほど専門的な内容ですが、研究のためのツールがあり、学び方を学べば、生徒はあっという間にそれらを活用できるようになり、自分でどんどん研究を進めていきます。

そのような話をすると、「貴校の生徒だからできるのでしょう」とよく言われます。確かに、今でこそ本校は入試難易度という意味では、いわゆるランキングの上位にあります。しかし、かつては生徒募集に苦しむほど低迷していた時期がありました。そうした中で入学した本コースの1・2期生は、現在の生徒が掲げる研究テーマと同レベルのテーマを設定しました。そして、教員の支援を受けながらも、自分で英語の論文を読み、学校にない実験器具はなんとか入手しようと企業や研究所に交渉するなど、自分で決めた研究テーマを追究していきました。

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様々な生徒を見てきて実感しているのは、入学時点でのテストの点数は関係なく、知りたいことややりたいことを見つければ、どんな生徒でも、当事者意識を持ち、自分には難しそうなことにも挑戦し、自ら知識や技能をつかみ取っていくのだということです。中学生や高校生も本気になればいろいろなことができるのだと、私は生徒から教わりました。


 本質をつかめる学び、多様性のある学びを

それでは、学校や教員が果たす役割とは何でしょうか。一つめには、本質を伝えることだと考えています。今は、インターネットでどのような情報も簡単に入手できるようになりました。例えば、海外の有名大学の講義を視聴できるMOOC(Massive Open Online Course)などによって、かつては研究者や専門家といった特定の人しか知り得なかった専門的な情報も、どのような人でも得ることができます。

そうした時に、教員がすべきことは、生徒が本物に触れ、本質を捉えられるようにすることではないでしょうか。専門的な視点や考え方は、生徒だけではなかなか得ることはできません。教員は自身の専門性を生かして、生徒がそれに気づくように導くことができるはずです。

二つめには、学び方を学ぶ機会を提供することです。さらにいうと、生涯にわたって学び続ける方法を学べるようにすべきではないでしょうか。私も含めて多くの大人がそうだと思いますが、自分が中高生の頃にしていた方法で今、学んではいないでしょう。それは、学校での学びと、社会人になってからの学びとの間に隔たりがあるからです。学校だけで通用する学びをするのではなく、大学や企業、地域などの外部とつながり、例えば、新しい価値を生むとはどういうことなのか、社会に通じる学び方を経験する機会が必要だと考えます。

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三つめには、学びの環境に多様性を持たせることです。なぜならば、環境が価値観を築き、その価値が学びの方向を決めるからです。例えば同じ生徒でも、大学院に進学した場合、研究室では論文の投稿本数や研究内容の新規性に価値を求められますが、企業の営業職に就いた場合は、企業としての利益をより多く出すことやクライアントや社会への貢献といった価値が求められることになるでしょう。つまり、環境によって、目標や価値観は異なります。そのように、目標や価値観が多様にあることを実感しながら、自分は何に価値を置き、どの方向に進みたいのかを模索できる場が、学校であると考えています。

ちなみに、学校で多様性が語られる時、生徒それぞれの違いを指すことが多いと思います。しかし、ヒトに注目して多様性を語ることは、ともすればレッテルを貼ることにつながるので注意が必要だとも思っています。大切なのは多様な「環境」を用意することです。多様なヒトがいても学校の中での学びの環境が一様であれば、求められる目標や価値観は画一的なものになりがちです。生徒の学びの「環境」が多様であることこそが重要なのだと思っています。本校の場合、医進・サイエンスコースのほかに、インターナショナルコースと本科コースがありますが、それぞれ異なる価値を持つコースが存在し、その間を生徒が自由に交流できるようにしています。


 未来をつくる場所としての学校とは

どのような環境を用意しても、学習者自身に意欲がなければ、学びにはつながりません。今は学校でなくても、インターネットで知識を得ながら、個に合わせた学びを得ることができる時代になりました。学習者中心のカリキュラムが重要だとよく言われますが、それを今一度、しっかりと考える必要があると考えています。

学びのどこに楽しさが潜んでいるのか、楽しくないと思っていた学びを面白いと感じるためには何が必要か。学校や教員の都合ではなく、学習者の視点で考えることが、これから求められる学校教育を考える原点になるはずです。

未来は子どもたちが築くものであり、学校は未来をつくる場所といえます。医進・サイエンスコースの教員の間では、「『先生の言った通りにやったらできました』と、生徒から言われたら負けだよね」とよく話しています。生徒が主体的に取り組み続けることが最も大切であり、私たちの想定を超えていく生徒が育っていく場としての学校であり続けたいと思います。


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