シリーズ 未来の学校

秋田県発、 リベラルアーツ教育がグローバル人材を輩出する

【前編】 国際教養大学が実践する、英語で学ぶリベラルアーツ [3/6]

 専門教養教育の授業テーマは人種差別問題

EAPのクラスの次に向かったのは、「地球社会学」の授業。AIUの学生はEAPを修了すると、「社会科学」「芸術・人文科学」「自然科学」などの専門性を確立するための「基盤教育」を学ぶ。「基盤教育」を修了する頃に、1年間の海外留学に進み、留学を終えると専門教養教育課程に入る。「地球社会学」は、専門教養教育課程に進んだ生徒が対象だ。

教壇上で話をしているのはサルバドル・ムルギヤ先生(以下、ムルギヤ先生)。AIUでは「社会学思潮と理論」や「英米民衆文化論」などの科目を担当している。今日のテーマは「制度化された人種差別」問題で、先週からの続きである。さまざまな要素が複雑に絡み合うこの問題をどのように取り扱っているのだろうか。

ムルギヤ先生はこんな身近な例で説明を始めた。今日の世界は国際化が進み、肌や髪の毛の色などが違う多様な人種が活躍している。オバマ氏が大統領に選ばれたことなどは象徴的なことだ。一方で、自分の肌の色が差別的な扱いを受けていると感じる人もまだ多く存在するという事例だ。例えば、切り傷を負ったときに使うガーゼ付き絆創膏の色が、自分の肌の色には合わないと感じる人の存在だ。このように、ある人種とっては日常的に不本意な待遇や差別を受けている事実はたしかにある。

 “オバマ大統領” が登場する演出も

また、人種差別の中には社会制度として認められているものがあるという。今回取り上げたトピックは、米国で1986年に制定された「反薬物乱用法」だ。

この法律では、クラックコカインを5グラム所持した場合の懲役刑(約5年)と、パウダーコカインを500グラム所持した場合の懲役刑がほぼ同じだという。問題は安価なクラックコカインの使用者の多くは黒人、高価なパウダーコカインの使用者の多くは白人だという点だ。パウダー(白人)は、クラック(黒人)の100倍「許容」された基準とも言える。

オバマ大統領になりこの法律改正が行われ、クラックコカインの基準が5グラムから28グラムになった。しかし、依然としてパウダーコカインの基準は500グラムであり、両者の間に大きな差があるのは明らかだ。

「現在のさまざまな文化が混在する社会の中で、人種差別問題は表面上の大きな変化を遂げましたが、依然として存在しているということを1点目に挙げます。次に、人種によっては日常的に不利益を受けることがあり、さらに一部の人種に不利益を与える社会制度が存在しています。公平な社会を構築するうえでは、さらなる改革を進めるべきです」とムルギヤ先生はまとめた。

先生は授業中、深刻な問題を扱うだけに、幾つかの仕掛けを用意していた。例えば、授業の導入にオバマ大統領の「人形」との掛け合いを見せたこと。先生の巧みな操作によってその人形はジョークを言い、くしゃみもする。人形の声もよく聞くとムルギヤ先生がオバマ氏を真似たものだった。一連の見事なアトラクションにより、学生たちの興味を喚起していたのだ。

 本学の真髄、グループ課題

授業の最後に、クラス全体に対してグループ課題が与えられる。学生たちは4名ずつのグループをつくり、課題解決についてのディスカッションを行った。課題の内容は次の通りだ。

  • グループで任意の市を選び、市の中で人種ごとに居住している地域を識別して地図上に示す。市によっては根深い人種差別の歴史があり、逆にほとんどないところもあるが、人種差別の歴史を調査する。
  • その市の幹部職員、市長、議会リーダーなど有力者の連絡先を特定する。
  • 調査して表れた問題や歴史、論理的な分析、実行可能な解決策を盛り込んだ報告書またはビデオを制作する。

「グループで、実行可能な解決策について可能な限り考察を重ねて制作してください。ただし、この解決策は実際には有力者宛には送付しないので、プレッシャーを感じることなくのびのびと作業してください」と先生。

重い課題である。調査や分析に要する時間は膨大で、さまざまなバックボーンや価値観をもったグループが、短期間にアウトプットをまとめることは容易ではない。しかし、これまで学んできた語学や基盤教育、留学経験を活かすには最適な課題ではないか。本学のカリキュラムの真髄を垣間見た気がした。

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