11 グローバル時代だからこそ、子どもたちに「和食」の文化を継承する
-ミシュランのスターシェフが、泰明小学校にやってきた! -

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 和食の真髄、「だし」の魅力が伝わる授業

この班は全員完食!

この班は全員完食!

森山農林水産大臣の「いただきます」の掛け声と共に給食を食べ始めると、子どもたちからは、「美味しい」というストレートな声、「いつもより味が濃く感じる」と通常の給食と比較する感想、ペロリと平らげておかわりに行く意気揚々とした姿、逆にちょっとだけ残して申し訳なさそうな様子など、和食給食に対する反応はさまざまだった。いずれにせよ、生徒たちのこれまでの学校生活を通して、この日ほど給食で何が出されたのか、どんな味がするのかを意識し、考えた日はないだろう。

給食後、6年生全員(2クラス)が家庭科室に集まり、本日の料理人も務めた奥田さんによる「食育」の授業に臨んだ。まずは本日の給食のテーマ、「だし」の講義から授業は始まった。

「だしとは何かを知っている人」「鰹節を見たことがある人」については、日本料理店が多い銀座という土地柄からか、意外と知っている生徒たちが多い印象だ。ただし、鰹節を実際に削ったことがある人は先生も含めて少ないようだった。

奥田さんの「だし」の話は興味深いので、幾つか紹介したい。
・だしは「とる」「つくる」とは言わずに「ひく」という。
理由は素材の旨みを「ひきだす」から。
・だしには雑味が少ないお吸い物に使う一番だしと、
旨味や香りが強く煮物などに使う二番だしがある。
など、だしの話だけでも和食の奥深さを十分に感じさせた。


食育の授業でだしをひく奥田透さん(右側)

食育の授業でだしをひく奥田透さん(右側)

奥田さんの授業は、だしにまつわるさまざまな解説をしながら、だしのひき方などを実演するものだった。目の前で奥田さんがひいただしが、試飲用の器に盛られて生徒たちに配られると、その味に教室はざわめいた。

だしの「うま味」をたっぷりと味わうと、日本料理ならではのもうひとつの「味」、「切れ味」の講義が始まる。

「包丁の切り方ひとつで味わいを変えられるのが和食。切れ味だけで味覚の違いを楽しんでもらう料理の代表は何でしょうか?」と奥田さんが生徒たちに尋ねた。教室から「刺身!」という言葉があがり、奥田さんが笑顔で頷く。

さまざまな包丁を見る生徒たち

さまざまな包丁を見る生徒たち

「家庭で使う包丁は文化包丁と言いますが、日本では食材ごとに色々な種類の包丁を使います」と、奥田さんは広いキッチン台にズラーッと包丁を並べる。刺身包丁や出刃包丁、さらには大人でもなかなか見る機会がないフグ専用の包丁や骨まで切れる鱧用の包丁まで、さまざまな包丁を紹介した。生徒たちは、研ぎ澄まされた包丁の数々を前にして、キラキラとした表情を見せていた。


食育の授業は、和食給食応援団を実質的に運営する合同会社「五穀豊穣」の代表、西居豊さんも加わって、食べ物の「旬」の話が始まった。西居さんは生徒たちに問い掛ける。

「春は冬眠していた動物たちが春の野草を食べて成長するので、春野菜が旬。さて、どんな野菜があるでしょう?」 「夏は暑くて夏バテしないように体温を下げる瓜科の野菜が旬。さて、どんなものがあるでしょう?」
 「秋は実りの秋。実がなるモノが旬、さて何があるでしょう?」 「雪が積もる冬は土の下に埋まっているものが旬。さて、何があるでしょう?」

彼らの話は、大人が聞いていても学ぶことが多い内容だが、子どもが聞いても非常にわかりやすく、子どもたちも「旬」という言葉と共に日本の四季と食べ物の関係を実感していたようだった。

 危機的状況の和食文化継承の場

銀座で人気の有名日本料理店を開き、ミシュランからは星を継続してもらい、フランスのパリにも出店、その道ではすでに大きな成功を収めている奥田さん。そんな彼が学校現場で食育に取り組む背景には、どのような動機があるのだろうか。この日の食育の授業の後、奥田さんに話を聞いた。

「今、日本の調理師学校は、9割がフランス料理やイタリア料理などの西洋料理を教えています。これは、50年以上前に設立された専門学校からの流れがあるからです。当時の日本人は、日本料理のことは知っているが、西洋料理のことは全く知らなかったのでそれでもよかったのです。しかし、今はそうではありません。日本料理のことを知らないのに、フランス料理人、イタリア料理人、パティシエ、ソムリエになろうとしています」と奥田さん。

奥田さん_1

奥田さんはこうも言う。「私は30年近くこの仕事を続けていますが、『自分の仕事に人気がない』ということに疑問を抱いていました。何か理由があるのかな、そういう思いがありました。考えてみると、誰か日本料理の素晴らしさや日本酒の素晴らしさ、和菓子の素晴らしさ、蕎麦と天婦羅と鮨の素晴らしさを教えたのだろうかと。実は誰も教えていないことに気づいたのです。
 私は強い危機感をもちました。先ほど、日本の調理師専門学校が、日本料理1に対して西洋料理9だと言いましたが、10年後に0対10になったときに、この国は本当にそれでいいのですか。日本人として目指すところはそこだったのですか」と奥田さんは落ち着いた口調ではあるが、訴えかけるような強い眼差しで私たちに話してくれた。

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