15 ニューロダイバーシティ教育が、
未来のイノベーションを生みだす
-突出した個人の将来を追求する
人間支援工学者の挑戦-

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 世界レベルの技術を体感できた子どもたち

ROCKETで展開されるプログラムは、「体験を通して知識を俯瞰する(Activity Based Learning)」、「プロジェクトを通して物事の進め方を学ぶ(Project Based Learning)」、「トップランナーの生き方を学ぶ(Top Runner Talk)」の3つが軸になっており、これまでに開かれた講義レポートは同プロジェクトのWebページでも読むことができる。

私たちが最初に取材したのは「Top Runner Talk」。世界的ヘアデザイナーの故・ヴィダルサスーンが運営するヘアサロンで修業し、自身もその世界に名を馳せている江崎弘樹さんが、「切ることと仕上げることの違い」について展開する授業だ。

授業では、中邑さんともう1人、ROCKETでカリキュラム開発にあたっている福本理恵さんが、ヘアカットのモデルになり、江崎さんが2人のヘアカットを進めながら自己紹介やヴィダルサスーンで学んだ顔の骨格に合わせたヘアスタイリングのことなどを、関西弁で流暢に話していく。

江崎さんも、相手が特別な子どもたちだからといって、ことさらにわかりやすい言葉で話すことはなかった。普通に自己紹介し、大人に対して語るようにヘアスタイリングで重要なポイントを伝えた。私たち、スタッフもこれまで取材の対象にしていなかった分野だったこともあり、新鮮な気もちで彼の所作に惹かれつつ、楽しむことができた。

授業中、江崎さんを間近で集中して見ている子どもがいる一方で、教室を歩き回っている子どもや教室の外に出て行く子どもも見られる。ROCKETの授業では、基本的に他人の邪魔にならなければ何をしても許される。

中邑さんをカットする江崎さん、奥は福本さん

中邑さんをカットする江崎さん、奥は福本さん

そんなことを言うと、子どもたちの大半が動き回って教室が混沌としていると思うかもしれないが、実際には歩き回っていた子どもは1人か2人。その他に、タブレットをいじったり、おしゃべりをしたり、話を聞いていないように見える子どもが2、3人いた。

ただし、一見、話を聞いていないように見えた彼らの中にも、後の質疑応答の時間では質問を繰り返す子どもがいたのだから、子どもに対する先入観は禁物だと肝に銘じた。

この授業に参加することで、子どもたちはヘアカットができるようになったかといえばそんなことはもちろんない。しかし、家に1人でこもっていては思いもしなかったであろうヘアスタイリングというテーマに巡り合い、自分のよく知る先生たちの髪型が、目の前で劇的に変わる様子を見られるという得がたい体験をしたのは確かだ。さらに、業界のトップランナーが仕事に対して注ぐ熱意と、これまで培った超一流の技術を子どもたちは十分に感じることができたはずだ。ヘアカットを終え、きれいに変身を遂げた中邑さんと福本さんを見た瞬間「ワーッ」と上がった歓声が、彼らの得たものを表していたのではないだろうか。

 子どもたちがざわつく、「昆虫食」の授業

今回紹介したいプログラムがもう1つある。2016年8月に軽井沢で開かれた「1泊2日の合宿型親子セミナー」だ。全国から子どもたちとその保護者が総勢38名集まったサマースクールの取材に赴くと、夕方からオリエンテーション、その後に授業が始まった。

授業では講師と子どもたちが活発にやりとりする

授業では講師と子どもたちが活発にやりとりする

授業の講師は、先述のヘアカットモデルも務めた福本理恵さん。ROCKETでは、「食」に関するプログラムを実施しながら、プロジェクトリーダーを担当している。今回の授業テーマは、「食糧危機にどう立ち向かう?昆虫が私たちを救ってくれるかも・・・」。

授業は人口爆発の話から始まった。福本さんが問い掛ける、「今の日本の人口が何人かわかる人」「じゃあ、世界の人口がわかる人」という質問に、前方に座っている積極的な子どもたちが我先にと争って答えを言う。

ふざけてでたらめに数字を言い放つ子どももいれば、とても精緻な数字を挙げる子どももいる。この瞬間だけ見ると、少し威勢のいい子どもが多いだけで、なんら普通の学校の一場面と変わらないように思えた。ビックリしたのは、授業の展開だ。人口爆発から始まり、それが原因で食糧危機が訪れる可能性があるという話に進んだところで、「そこで今日は昆虫食の話をしたいと思います」と、福本さんの話は飛躍した。

福本さんが聞く。「みんなは、虫を食べたことがある?」
 それまで退屈そうにしていた子どもですら、ざわつき始めた。「食べる?えー、虫は気もち悪い」という子どもがいれば、「イナゴでしょ、知っているよ」と知識を語る子どもや、「食べたことがある」と体験を語る子ども、目を大きく見開いたまま固まっている子どももいた。

「今日はみんなに虫を食べてもらおうと思うの」。子どもたちは驚いて一斉に大きな声を上げる。そう、今日は「昆虫食」がテーマの授業だったのだ。これまで日本ではあまり馴染みがなかったが、環境や健康の面から最近注目されているテーマだ。

福本さんは「なぜ昆虫食が大事か」と話し始めた。例えば、家畜牛肉を1キロ生産するためには8キロの飼料が必要なのに対して、昆虫肉1キロの生産には飼料が2キロあればいいという。また、昆虫は温室効果ガスの生産が家畜よりも低いと言われている。さらに、昆虫は魚肉と比べて、良質なたんぱく質や摂取しづらい繊維や鉄、マグネシウムなどの微量栄養素が多く含まれ、健康面でも利点がある。資源としても、簡単に採集でき、養殖も容易とのこと。こういう背景から、世界のシェフたちは、昆虫食の研究に取り組んでいるという話も出た。

授業では、福本さんが一方的に知識を与えているのではなく、何か1つ伝えては「どうしてだと思う?」「どうしていたと思う?」と子どもたちに問い掛けると、その度に子どもたちから返答がある。それに対して先生が正否を答えたり、肉付けしたり、実際のところどうなのかわからないことに関しては「わからない」と正直に答えたりしながら授業は進んでいく。

イナゴや蜂の子を観察する子どもたち

イナゴや蜂の子を観察する子どもたち

「それでも昆虫は気もち悪い」という子どももいたが、「人間は海老とか蟹とか、もっとグロテスクな動物をたくさん食べている」と伝えられると納得した様子も見られた。

いよいよ、福本さんが用意したイナゴや蜂の子などの試食会が始まった。「絶対嫌だ」という子どもには食べることを強要しなかったが、興味津々に手を伸ばす子どもたちが多かったのが印象的だ。

試食会の後、福本さんから未来の「食糧危機」時代を想定した「畜虫業」というビジネス案と絡めて、軽井沢の山中に出て昆虫採集をしてこようという提案がされた。2日目には軽井沢でネイチャーツアー事業を行っている団体「森のいきもの案内人 ピッキオ」の人が、軽井沢の山林の生態系や住んでいる虫などの生物について、簡単な講義を開いた。

特別な子どもたちだからこそ、どの分野にしてもその道に詳しいプロを呼んできて、話を聞かせようという姿勢からも「ROCKET」が目指す学びの考え方がヒシヒシと伝わってくる。

初日の講義が終わった後は昆虫採集の時間が始まった。台風が接近するあいにくの雨模様だったので、無理のない範囲でやりましょうという話だったが、「もう待てない」とばかりに、合間の休み時間から虫取りに励む子どもたち。

結果として、悪天候もあり、目標の採取量10キロにはおよばなかったが、子どもたちが捕獲した虫を入れたビニール袋を手に教室に戻ってくると、品評会が始まった。「畜虫家」となった子どもたちは、自分が捕まえてきた虫に値段をつけ、なぜその値段になるのかと議論を交わし、彼らはゲームで遊ぶような感覚で楽しんでいた。実際の体験の中でこそ、知識の活かし方や学ぶ楽しさが子どもたちの中に芽生えるのではないだろうか。


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