震災をバネにする石巻、
街そのものが大きな学校へ

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 高校生を世界のトップランナーがサポート

川開き祭りのメインイベントである花火を、「石巻まちなか復興マルシェ」(以下、復興マルシェ)か、通りを隔てた駐車場に特設された人気の屋外ダイニングスポット「夕凪ダイニング」から多くの人が見上げる。東日本大震災の時には、津波が旧北上川を逆流して、この地域に大きな損害をもたらした。川沿いにある復興マルシェの目の前のガードレールは、今でも津波の影響で曲がったまま。ちなみに、隣の建物は流されて空き地になっているが、多くの人がさら地に腰掛けて花火を見上げる。

復興マルシェから見える旧北上川の中州には、石巻で最も特徴的とも言える楕円形の建物が存在する。「仮面ライダー」や「キカイダー」、「ロボコン」、「スーパー戦隊シリーズ」などいくつもの代表作をもち、石巻を第2の故郷と呼んだ漫画家、石ノ森章太郎氏の記念館「石ノ森萬画館」だ(ここ以外にも石巻の街中ではそこかしこに、石ノ森氏の作品の絵や像が飾られている)。

石巻STAND UP WEEK最初の土曜日の深夜、「石ノ森萬画館」を復興マルシェから必死の形相で見ている高校生がいた。オシカの愛称で知られる鹿野颯斗(かのはやと)さんだ。翌日曜日の夜、彼が開発したゲームが「石ノ森萬画館」の壁にプロジェクタで投影され、川開き祭を訪れる大勢のお客さんがそれを楽しむことになっている。最近、話題のプロジェクションマッピングという大規模スペクタルを彼が手がけるのだ。

イベントまで残り時間は20時間を切っていた。陽が出て空が明るくなると、1台数千万円もするような高機能プロジェクタでさえも像を投影できなくなってしまう。リハーサルはそこで打ち切りだ。深夜1時を回る頃には、オシカさんの表情が深刻さを増してきた。

高校生のオシカさんが、本格的なプロジェクションマッピングをなぜできるのかと疑問に思う人がいるかもしれない。実は彼には助っ人がいる。ただし、そんじょそこらの助っ人ではない。昨年末、NHKの紅白歌合戦のPerfumeの出番で「ドローン(無人飛行機)」を使った演出でも話題のクリエイティブ集団、ライゾマティクスの齋藤精一代表が、わざわざこの日のためにやってきたのだ(知らない人のために解説すると、ライゾマティクスはau社やNike社の動画広告やPerfumeのライブステージ、数々のプロジェクションマッピング、インスタレーション、スペクタクル作品などで話題をつくり続ける気鋭の集団で、世界的に注目されている。メンバーの1人、真鍋大度(まなべだいと)氏は、米国アップル社のMac30周年記念特別Webサイトで、この30年で最もイノベーティブな1人としても選ばれている)。

このように世界のトップランナーが、高校生の夢を叶えるために東京から訪れる。地上波テレビ番組ならありそうな出来事が、年に1度のお祭りで普通に行われている。それが2011年以降の石巻という街の凄さだ。

かくして日曜日の夜には、オシカさんのゲーム映像が石ノ森萬画館の壁一面いっぱいに無事投影された。プレイヤーが復興マルシェに置かれた輪の中に入るとカウントダウンが始まり、その後、自分の影が「石ノ森萬画館」の壁に大映しになる。この影を動かして上から降ってくるブロックを受け止めるというシンプルなゲーム。小さな子どもから大人まで老若男女入り交じった参加希望者の行列は、イベントの間中、絶えることなく続いていた。

 第一線のIT企業とその社員たちが、石巻を本気で応援する

このプロジェクションマッピングは、石巻STAND UP WEEKにあわせて開催されたITイベント「石巻ハッカソン」の一環である。「ハッカソン」とは「ハック」と「マラソン」をかけた造語だ。大勢が集まり、課題の設定からそれを解決するアプリの開発までを週末の数日間で行い、最後に出来栄えを審査員に評価してもらうというスタイルのイベントとして知られている。最近では毎週末、日本だけでなく世界中のどこかで何かしらのハッカソンが開かれているだろう。中でも石巻ハッカソンは、来場するゲストが豪華なことで有名だ。マイクロソフト社やエバーノート社といったIT系の大手企業がスポンサーにつき、グーグル社やIBM社といった企業の社員が、会社外の活動として個人的に参加している。

石巻は震災をきっかけに、有名IT企業の社員が集まる場所になった。その中でもシンボル的な存在は、2012年7月にヤフー株式会社が開所した「ヤフー石巻復興ベース」だろう。東北には縁もゆかりもなかった当社員の長谷川琢也氏は、震災以降、東北を支援しているうちに、復興支援にのめり込み、社長交代の折りに東北の支援を本業にできないかと相談したところ、この事務所がつくられたという経緯がある。地元石巻の人を巻き込み、黒字となる事業をつくれるまでは本社に戻ってこなくていいと言われ、喜んで石巻に移住した話は、彼の著書『10倍挑戦、5倍失敗、2倍成功!? ちょっとはみだし もっとつながる 爆速ヤフーの働き方』に詳しく書かれている。

以来、他にも、IBM、アップル、エバーノート、グーグル、マイクロソフトといった有名企業からの人や、その活発な活動をさまざまなニュース媒体でも見かけるHack For JapanやCode for Japan、Fandroidといった活動団体の人たちが、時には企業・団体の代表として、時には会社には関係なく個人として石巻を頻繁に訪れる。石巻を盛り上げるために突発的なイベントを開催する人もいれば、この街を気に入りすぎて、世界的大企業に勤めながら半ば趣味で「夕凪ダイニング」でお客さんの注文をとり、料理やドリンクを運んでいる人までいるくらいだ。ちなみに、筆者はIT業界ではある程度知られていることもあり、この「夕凪ダイニング」から徒歩5分ほどの「復興BAR」までの短い距離を歩く間だけでも7、8人に声をかけられた。

石巻で最大のITイベント、「石巻ハッカソン」を主催するのは、震災10年後の2021年までに石巻から1000人のIT技術者を生み出すことを目標に掲げる一般社団法人「イトナブ」だ。イトナブとは「IT」と「イノベーション」、「営む」と「学ぶ」といった言葉をかけ合わせた造語だという。代表の古山隆幸氏は地元石巻の出身で、石巻工業高校を卒業後、東京でIT系Web制作会社を営んでいたが、震災後は東京と石巻を往復してイトナブでさまざまな活動に従事している。

【左:古山隆幸氏 右:林信行氏(筆者)】

古山氏は「石巻は震災前から産業が少ないので、若者が地元に残りたいと思っても地元を離れざるを得ない状況があった」という。彼が目指しているのは、石巻にIT産業を根付かせ、「受託」ではなく、「オリジナルのサービス」を生み出す能力を持つ開発者集団が生まれ、集まる場所にすることだ。熱い思いで震災の翌年から始めた同イベントは、開始当初こそ参加者が少なかったものの徐々に古山氏が望む成果が出始めている。

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