「ICT」は目的ではない、
生徒と教員が共に学び、
共に未来を描く学校

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 自由の中から「工夫」が生まれる

近大附属では、規制をなくしてiPadを自由に使えることで、生徒たちに工夫の余地を持たせた。

「例えば生徒たちに発表させる授業で、教員側でやり方を決めてしまうと、おそらくPowerPointやKeynoteといったプレゼンテーションソフトを使うように指導してしまうでしょう。しかし、あえてそこをルール化しないと、動画編集ソフトのiMovieを使って、教員が驚くようなプレゼンテーションをする生徒たちが出てきました。細かいルールをつくって指導していたら、こんなプレゼンテーションは見られなかったでしょう」(森田氏)。

下手にルールをつくらず、自由を与えることで、生徒たち自身が幅広い表現を創出する、これが近大附属のiPad活用の最大の特徴だ。一方で、自由が与えられているのは生徒たちだけではない。教員たちが授業でiPadを使うのも使わないのも、個々人の裁量に任されているという。同校の授業の中でも、もっとも先鋭的なiPadの使い方をしている理科の教員のひとりで、ICT教育推進室長も務める乾武司氏はこう付け加える。

アップルストア銀座の
イベントに登壇する乾氏

「今、ICTに否定的な先生はむしろきちんとした進学実績を持った先生方です。彼らはすでに指導方法が確立されていますから。ただし、そのやりかたは『直線的』だと私は思っています。『直線的』とは、人間としての『幅が広がりにくい』という意味です。

幅を広げるためには、大学受験のための問題演習以外の教養を身に付ける必要があります。そのためには、ICTを利用した学びは有効です。また、ICTを使って経験値を高めることでこそ、解けるようになる入試問題もあります」

最近では、ICTの利用を全面否定する教員はいなくなったという。ICT導入準備委員会を設立した当初、委員30名のうち、25名は反対するような状況だった。

「ICTを一切使わない授業もあります。ただし、そういう授業でも生徒の方から『使ってください』という要望が高まってきているようです。使わない先生はゲームなどで遊ばれることを恐れているのですが、生徒も言っている通り、iPadは『シングルタスク』なので授業で正しく使っていればゲームはできません。教員側でもロイロノートというアプリなどを使っていれば、生徒が授業にきちんと参加しているかどうか把握できます」(乾氏)

シングルタスクというのは、パソコンのように同時に複数のアプリを使えず、一度に1つのアプリしか利用できないということ。つまり、授業で使うロイロノートなどの講義用アプリを起動させておくと、生徒たちが何をやっているかが教員の手元に表示されるため、このアプリを使った授業中にはゲームなどやりようがないのだ。

 先生が200人いれば教え方は200通り

学校へのICT導入では、しばしば学業の本質に関係ないITツールの操作方法の習得について、苦手な生徒や教員の負担にならないかという話題が出る。近大附属でも、すべての生徒や教員が最新のITツールに精通しているわけでもなければ、使いこなせているわけでもない。

同校にはITツールが苦手な生徒はいないのだろうか。

「ITツールが苦手な生徒はもちろんいましたよ。だけど、iPadを導入する際、先生には研修があったのですが、生徒に対しては一切ありませんでした。生徒は、インターネットを自由に使える環境なので、わからないときは検索して調べているようです。それでもわからない時は、生徒同士で自然に教えあっていました」と乾氏。

他方、教員はどうか。研修だけですぐに自分なりの活用方法を生み出せるとは思えない。活用マニュアルのようなものでもつくっているのだろうか。

「今はまだそういう時期ではありません。『型』をつくり、無理強いされるようなスタイルだと、多分、長続きはしないでしょう。今、すべての先生が統一してやっているのは、紙の資料のPDF化くらいで、あとは先生が200人いれば200通りの活用方法があるといった感じです」(乾氏)

教科担当の教員たちが、デジタルとアナログの割合はどのくらいにするのか、授業中の話の比重はどこに置くのかなど、指導方法を手探りしていく。その中でうまくいった方法を定着させる。そういうやり方を取った方が、学校の教育そのものにも幅が出るのではないかという。

一応、ICTが苦手な教員たちには不定期の勉強会という機会も与えられているが、それでも苦手な教員には「生徒に聞く」という道がある。実は、ICTが苦手な教員どころか、得意な教員たちほど生徒に頼っているフシがある。

「生徒たちにはかなわないです。基本的に便利なアプリは全部生徒が教えてくれます。『元素記号を覚えるのにいいソフトないかなあ』というと、すぐに生徒が教えてくれます。指導するという概念が変わってきました。間違いはもちろん正しますが、先生の役割は『教える』から『導く』に変わってきています」(乾氏)。

 ICTが生徒たちのやる気を引き出す

英語教員の江藤由布氏の授業では、Coursera(コーセラ)を利用している。ちなみにコーセラは、スタンフォード大学の教授が立ち上げた教育技術団体で、世界中のトップレベルの大学の講義をオンラインで提供している。生徒たちがコーセラの好きな授業テーマをピックアップして勉強し、学んだ内容について英語で紹介するという反転授業を行っている。江藤氏はこれを「逆コーセラ」と命名、iPadを使って行う教育方法に「Live material」(生きた教材)、「all English」、「Active learning」(能動的学習)、「Flipped class」(反転授業)の頭文字をとった「LEAF」教育として自身のブログでも紹介している(All Englishの授業アイデア「逆コーセラで見た生徒の学習力」)。これも生徒との話し合いの中で出てきたアイデアだ。

アップルストア銀座の
イベントに登壇する江藤氏

「従来型の先生が一方的に何かを伝えるような形はなくなってきていますね。こちらの教え方が正しくて、あちらが間違いという二元論でもない。授業にディベートの要素を採り入れたいなどと生徒に話していると『それならこうやったらいいじゃないですか』といった意見が出てきて、それを採り入れたりもする。

先日は銀座で教育系のワークショップがありましたが、自分のスケジュールが合わずにどうしても出られなかったので、代わりに生徒に出てもらったこともあります。また、彼らのプレゼンテーションを見ていると『教育にイノベーションを!』といった言葉が飛び出てきてビックリしました(笑)。来年度は、生徒がTA(授業助手)をしてくれることになっています」(江藤氏)。

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