「ICT」は目的ではない、
生徒と教員が共に学び、
共に未来を描く学校

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 教員の考える教材だけが教材ではない

このように同校では、教員によってiPadの活用度合や活用方法が千差万別だ。生徒たちが一から考えて学ぶのと同様に、教員側もどのように授業をすべきか真剣に悩み、一から考えている印象がある。

「今までは、授業としては板書してほぼ終わっていたんですよ。あとは頑張って問題解いてね、わからなかったら質問してね、という授業でした。その流れは変わりました。変えないといけない気がしてきました。もう私たちが与えている教材だけが教材ではないのです」(乾氏)。

森田氏はiPad導入による変化を、このように総括する。

「授業の自由度が上がりました。その分、学びを教員たちが自分で考え実行しなければなりません。教員の役割も変わってきています。今は生徒がリアルタイムで調べられる環境があります。そうすると、教員の話と齟齬(そご)が出てくることもある。教員はそういう質問に対応することになりますし、そういうことを予想しておいて、逆にネットが正しいとは限らないということを一緒に考えてみようと言うこともできます。これまで、『教員が絶対』という考え方だったのが、『教員はファシリテーター』の役割が必要になってきたのではないでしょうか」

アップルストア心斎橋に登壇する森田氏

同校では、教員の多くが授業の動画を公開している。一方で、現在、大阪府が授業動画のライブラリを本格的に制作しようとしているという。

「そうすると、ドコソコ高校のダレソレ先生の授業がわかりやすい、面白いというような口コミが広がっていくような時代になるかもしれません。横浜にある私立高校の先生と話して、そうなったら教員の力がますます求められるようになりますねという話になりました。逆に、その高いレベルの動画を見てもわからない場合、どのように教えればよいのかという話し合いもしていますよ」(森田氏)。

 生徒に寄り添い「教育」の未来を創造する

冒頭の繰り返しになるが、近大附属でiPadが変えたのは、授業の中身だけではない。

総合学習の時間はこれまでは形骸化していたようなところもあったという。「iPad導入後はアプリのスキルアップや自分たちの表現など、生徒たちが積極的に参加するようになりました。例えば、お弁当を自分でつくり、その写真をサーバにアップしてみんなで共有、相互評価、作品集にまで仕上げます。同時に家族への感謝の気持ちも表しているわけです。生徒たちは、これまで相互評価というものをあまりやってこなかったのですが、総合学習を通じて、ずいぶん刺激を受けているようです。今では、総合学習は次に何をしようかというかなり前向きな空気ができています」(森田教頭)

文化祭では、生徒たちがiMovieを使って実写版の「アナと雪の女王」の映像をつくり、これが学内で大きな話題となった。また、TEDxSapporoというイベントに登壇した会社経営者・植松努氏の「どうせ無理という言葉は、人の可能性を無くします」という講演に影響を受けた生徒の話も印象的だ。この生徒、ダンスを踊ることとは縁がなかったが、マイケル・ジャクソンのダンスを踊りたい一心で、4ヶ月間iPadの映像を頼りに猛特訓の末、ついにマイケル・ジャクソンを踊りこなしたそうだ。これには教員たちの側も大きな衝撃を受けたという。

アップルストア銀座でMCを務める林信行氏

近大附属では、iPadの導入そのものは目的でなく、あくまでも触媒(あるいは、生徒たちが社会人になった時の必需品)という位置づけだ。反転授業など、あらかじめ決められた授業の進行が目的でもない。

教員と生徒ひとり一人が、試行錯誤を重ねてそれぞれに使い方を編み出す。これからの時代を生きていくために、どう学ぶべきか、それをどうサポートすべきか、教員と生徒の垣根を越えて寄り添いながら、一緒に手探りしている。彼らの様子が素晴らしく、頼もしく、未来への希望を感じた。

記事中に掲載したiPadの使い方一覧

教員名(敬称略)担当教科使い方の概略
江藤 由布高校部英語コーセラの反転授業、通称「逆コーセラ」など
増田 憲昭中学部理科ロイロノートで生徒個人の意見を全体共有など
芝池 宗克高校部数学人と寄り添うことを大切に、使い方は生徒の自由
田中 利則高校部数学幾何学の図をkeynoteでアニメーションするなど
神野 学高校部社会iTunes Uで授業の様子を配布など
渡邉 靖文高校部理科角度センサーや加速度センサーを使った実験など
乾 武司高校部理科ロイロノートで、高学力層向けの問題演習など

※記事の掲載順   

▼2月28日(金)にアップルストア銀座で行われた教育イベント
>>「iPadと進化する学校教育:近畿大学附属高等学校・中学校」の様子はコチラから

 

 

 

 

 

 

 

【筆者プロフィール】
林 信行(はやし のぶゆき)
ジャーナリスト
最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。
国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えて、米英仏韓などのメディアを通して日本のテクノロジートレンドを紹介。
また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。
ちなみに、スティーブ・ジョブズが生前、アップルの新製品を世に出す前に世界中で5人だけ呼んでいたジャーナリストの1人。
ifs未来研究所所員。JDPデザインアンバサダー。

 

主な著書は「ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した」、「グーグルの進化」(青春出版)、「iPadショック」(日経BP)、「iPhoneとツイッターは、なぜ成功したのか?」(アスペクト刊)など多数。
ブログ: http://nobi.com
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/nobihaya

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