プログラミング教育で地域創生、
官民学が連携して地域人材を育成する島根県松江市の一大プロジェクト

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日本の教員の97%は公務員だ。 全国の公立小中学校と高等学校は、文部科学省を頂点とする行政機関の1つと言える。それによって日本は、世界的にも誇れる学力の高さを実現、維持してきた。しかし、一方で「お役所仕事」などと揶揄されるように、前例のないことに対しては消極的であるという声も聞く。さらに、同じ役所といっても縦割り行政の弊害なのか、学校を所管する教育委員会と、地域や産業を振興する部門などが密に連携して教科学習内容を改善している例はまだ多くはない。ましてや、一つの市から始まった動きが県にまで伝播し、学校種も中学校から高校まで広がりが生まれているケースは極めて珍しい。

しかし、そんな動きが島根県松江市から始まっている。コンピュータプログラミングを活用した、官民学による連携プロジェクトだ。彼らは、21世紀を生きる子どもたちに不可欠と言われるプログラミング教育を、公教育の授業において充実させようとしているのだ。これまでの実践からも、子どもたちの学習意欲が高まり、授業の中で将来のキャリアを志向するなどの成果が上がっている。しかし、それだけではなく、地域の大人たちもコミュニティを形成して、子どもたちをサポートする役割を担おうとし始めている。 これらの一連の動きがどのようなシフトによって起こったのか、官民学それぞれのキーマンの証言をもとにレポートしたい。

【取材・執筆】 ジャーナリスト・林 信行
【企画・編集協力】   青笹剛士(百人組)

 コンピュータプログラミングで町おこしを

2015年7月、松江城の天守閣が国宝に認定された。島根県松江市は、お堀を囲むように史跡が点在する歴史ある町だ。町の風情を楽しんでいると、ITなどとはおよそ縁遠い世界に見える。

ところが、島根県松江市はITの聖地の1つ「Ruby City MATSUE」として全国から注目を集めつつある。

Ruby(ルビー)とは、松江市在住の日本人プログラマー、まつもとゆきひろさん(業界でMatzと言われている)が開発し、世界中に広まった和製プログラミング言語の名前である。その名前は、まつもとさんの同僚の誕生石のルビーにちなんでいる。レシピサイトの「クックパッド」やグルメサイトの「食べログ」、ソーシャルメディアのツイッターももともとはRubyでつくられていた。

開発者のまつもとさんは「ストレスなくプログラミングを楽しむこと」を目標にRubyをつくったという。その精神が世界中の人々に評価され、国内はもとより海外でも人気を博し、日本で開発されたプログラミング言語として初めて国際電気標準会議で国際規格に認証されている。

2005年、松江市の商工課(当時)が、観光業以外で地域ブランドの確立を目指していた折、Rubyに目をつけた。商工課の人たちがまつもとゆきひろさんや彼が所属する会社、ネットワーク応用通信研究所(以下、NaCl)を訪れ、熱く語り始めたという。そこからRuby City MATSUEプロジェクトが動き出した。

 

今回、世界中を飛び回っているまつもとゆきひろさんに松江でインタビューすることができた。

まず、今回のプロジェクトに対する最初の印象から聞いた。

「Rubyで町おこしをという話を最初に聞いたとき、『どういうこと?』と感じました」

ソフトウェアを中心に地域振興するという話は聞いたことがなかったからだ。しかも、やりましょうと話をしているのは市の職員。いわゆるお役人さんが、前例のないことをやろうとするのは、余程のことだと思ったという。

「リスクも相当あるだろうし、勇気のいることですよ。そういう姿勢は、応援しなければいけません。そこで、お手伝いしますとなったわけです」とまつもとさんは穏やかな口調で話した。

 

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