グローバル教育研究室

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第22回 2020東京五輪・パラリンピック開催決定で
日本の子どもの英語学習意欲は盛り上がるのか?

2013年09月20日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室
主任研究員 加藤 由美子

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2020東京五輪・パラリンピック開催が決定し、社会や経済に与える影響などがメディアで連日取り上げられています。決定直後は、私も「よし!これで日本の子ども達の英語学習意欲は盛り上がる!」と嬉しく思っていました。しかし、この開催決定が子ども達の英語学習に与える好影響について、ある新聞社から取材の申し込みをいただき、改めて考えてみました。「子ども達の英語のやる気は盛り上がっているのだろうか?」と。

2020東京五輪・パラリンピック開催をリアルに感じる子どもとそうでない子ども

取材を受ける前に、大阪に住む高校生の姪に東京での開催決定の感想を聞いてみました。「特に」という返事。岡山に住む同僚の中学生のお子さんも「ふーん」という感じだったとのこと。期待を込めて東京のこども対象の英語教室の先生に聞いてみましたが、小中学生に特に変わった様子はないとのこと。一方でスポーツをしている小中学生は、練習にも熱が入っていると聞きました。大人は自分の仕事などへの影響、競技者・観戦者以外としての関わり(ボランティアなど)を積極的に考えるわけですが、子どもは自分が競技者として出場する可能性ぐらいしか考えることはできないのでしょう。首都圏以外に住んでいる子どもにとっては、「東京」というだけでも遠いものであるはずです。

学びに大切なものは「共感できて意味のあるリアルなもの」

『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み‐ECF』という英語教育理論の本の中で、言語習得の効果を高める活動の素材特性が3つ挙げられています。(*1)

(1) Authenticity:提示される素材が現実で用いられる言語を表象しているかどうか
(2) Contextualization:どういう文脈の中で素材が提示されているか
(3) Meaningfulness:素材は学習者・表現者に有意味なものであるかどうか

(1)は、素材そのものが、実際の映画や小説・絵本、テレビ番組などの「本物である」ということです。(2)は、学習者が「共感を持って」自分へ引き寄せて取り組める課題や場面が設定されているということ。何の変哲もない会話でも、やり取りを演じる場合に「あなたが大切なテストで満点を取ったすぐあとだったら」などの文脈を与えられると、どのように感情を移入するかを考えるというわけです。(3)は、学習者にとって、「意味がある」ということです。まずは「学習の目的に合っている」ということ。ビジネスで使いたいのに日常会話の練習ばかりでは目的にあっていないということになります。また、もう1つは、学習者にとって「おもしろいか」「興味や関心を持てるか」ということ。それらはやる気や態度を支えます。

以上のことは言語習得のみならず、すべての学びや活動を行う際に兼ね備えられるべき重要な要素だとも考えられます。この要素から考えますと、東京五輪・パラリンピック開催に対する子ども達の反応は自然なものであったことがわかります。子どもにとって7年後の自分は想像しにくいものであり、共感を持って自分へ引き寄せ、意味のあるものとして認識するには、子ども達の経験も知識も十分ではありません。

(*1)田中茂範,アレン玉井光江,根岸雅史,吉田研作(編著)『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み‐ECF』(2005年)リーベル出版, P258-261

英語は好きだが、留学や国際的な仕事への夢にはつながっていない日本の子ども達

8月末に2013年度全国学力・学習状況調査の結果が発表されました。教科に関する調査は国語と算数・数学で行われましたが、質問紙の中では、英語の学習について調査したものがありました。

これらの結果から、英語は好きだし、外国人の友達も欲しい、しかし、将来、留学や国際的な仕事までしたいとは思わない、という日本の子ども達の姿が見えてきます。

この結果についても、さきほど述べた3つの学びの重要要素から考えることができます。英語学習や外国・外国人に対してポジティブな気持ちはあるが、留学したり、英語を使って仕事をすることが子ども達にとって「共感できて意味のあるリアルなもの」にはなっていないということです。日本には、留学や海外駐在の経験者はまだまだ少なく、海外で学んだり、外国語を使って仕事をする魅力や醍醐味を語れる大人がこども達のまわりにたくさんいるわけではないのですから、仕方がないことかもしれません。

I'm here because...
と自分の考えを持ち、たくましく発信できる人を育てるために

「2020東京五輪・パラリンピック開催決定で日本の子どもの英語学習意欲は盛り上がるのか?」という問いに対して、私たち大人はこう答える必要があると思います。「子ども達の英語学習意欲は私たち大人が盛り上げよう!」と。

2020東京五輪・パラリンピック招致の最終プレゼンテーションには感動された方も多いと思います。胸を張って堂々と自分の考えを伝える姿のすばらしさ、どの言葉であっても熱意を持って伝えれば思いは必ず相手に伝わること、を感じました。一人ひとりの大人が自分で考えたこと、感じたことを子ども達とシェアしていきましょう。知識や経験の少ない子どもに対して、世の中で起こっていることを「共感できて意味のあるリアルなもの」に近づけるために、私たち大人が、体験の場をたくさん与え、子ども達とのやりとりを通して情報の解釈や考えを深める助けをすることがとても大切だと思います。

‘I am here because I was saved by sport.’ -私がここにいるのはスポーツによって救われたからです。-この言葉から始まった佐藤真海さんのスピーチは、聴く人の心を捉えました。伝えたいメッセージがはっきりあり、それが具体的に伝えられました。子ども達が人前で発表する機会がある際、I am here because... と自分がそこで発表する意味をしっかり認識し、胸を張って自分の考えや思いを伝えてくれることを応援していきましょう。

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著者プロフィール

加藤 由美子
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、大阪支社にて進研ゼミの赤ペン指導カリキュラム開発および赤ペン先生研修に携わる。その後、グループ会社であるベルリッツコーポレーションのシンガポール校学校責任者として赴任。日本に帰国後は「ベネッセこども英語教室」のカリキュラムおよび講師養成プログラム開発等、ベネッセコーポレーションの英語教育事業開発に携わる。研究部門に異動後は、ARCLE(ベネッセ教育総合研究所が運営する英語教育研究会)にて、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育のための理論的枠組み)開発および英語教育に関する研究を担当。これまでの研究成果発表や論文は以下のとおり。

関心事:何のための英語教育か、英語教育を通して育てたい力は何か

その他活動:■東京学芸大学附属小金井小学校、島根県東出雲町の小学校外国語活動カリキュラム開発・教員研修(2005~06年)■横浜市教育委員会主催・2006教職キャリアアップセミナーin 横浜大会講師(2006年)

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