グローバル教育研究室

ベネッセのオピニオン

第114回「一生学び続ける」を科学する⑬
英語コミュニケーション能力を育成する教員とは(前編)―英語教員の持つべき目標とは―

2016年11月10日 掲載
研究員 福本 優美子

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日本の初等中等教育における英語教育の課題

 中央教育審議会は、「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」1(平成28年8月26日)の中で、「現行学習指導要領の成果と課題(外国語)」を整理しており、現行の学習指導要領においても4技能を総合的に育成することがねらいとされているものの、児童生徒の学習意欲の問題、学校種間の接続の不十分さ、文法・語彙の定着に重点が置かれていること、外国語によるコミュニケーション能力の育成を意識した言語活動(特に「話すこと」「書くこと」)の不十分さ、習得した知識や経験を生かし、目的・場面・状況等に応じて表現することなどに課題があると指摘している。

 文法・語彙の定着に重点が置かれ言語活動が不十分であることについては、ベネッセ教育総合研究所が行った「中高生の英語学習に関する実態調査2014」の結果からも明らかになっている 2。また、2015年3月に実施した「中高の英語指導に関する実態調査2015」でも、中学校・高等学校ともに授業では音声・文法指導が中心で、「話す」「書く」活動がそれほど多くないという実態がみえてきている 3

着実な英語力向上のために

 上記のような課題解決に向けて、すでにこれまでにも検討が重ねられている。たとえば、小・中・高等学校で一貫した指標形式の目標(CAN-DO形式の目標)の設定、大学入試の4技能測定や中学校でも4技能を測定する全国学力・学習状況調査の導入、小学校における外国語活動の早期化や教科化など、英語教育の改善・充実を図ろうとする施策等はその実現に向けて少しずつ動き出している。

 2015年6月に公表された「生徒の英語力向上推進プラン」4では、生徒の着実な英語力向上を目指し、国及び都道府県で明確な達成目標を設定、その達成状況を毎年公表し、計画的に改善を推進しようとしている。その目標管理の指標には、英語教員や中高生の英語力、学習到達目標の整備状況、英語による言語活動時間の割合、パフォーマンステストの実施状況、英語教員の授業中の英語使用状況などが含まれている。

 これらの目標値と達成値を都道府県別に毎年公表していくことは、計画的に英語力向上を推進していくためには効果があるだろう。ただ、数値目標を設定すると、その達成のみが目的になってしまう恐れもあり、本当の意味で生徒の英語力向上や英語コミュニケーション能力の育成につながっていない場合も想定される。上記のような数値目標の他に、直接的に指導につながるような本質的な目標設定が重要となる。すなわち、「英語教育を通して子どもたちにどのような力を育てたいか。」「英語力を向上させることによって、子どもたちに将来、どんな風になってもらいたいか。」という観点での目標が必要だ。

目標と指導方法・活動内容の関係

 ベネッセ教育総合研究所が実施した「中高の英語指導に関する実態調査(2015)」では、中高の英語教員が生徒の将来の英語使用をどのように考えているかを聞いている。この結果は、教員がどのような目標を持って指導しているかを考える材料となる。

 図1は、教えている生徒が大人になったとき、①社会ではどれくらい英語を使う必要がある世の中になっていると思いますか。②生徒自身はどれくらい英語を使っていると思いますか、とたずねた結果である。中高の英語教員の約9割が、教えている生徒の将来の英語の必要性を感じている。しかし、実際に生徒が英語を使うかうかどうかということについては、中学校の2割以上、高校の3割以上が「英語を使うことはほとんどない」と回答している。一方で、「いつもではないが仕事で英語を使うことがある」と回答した教員も中学校で4割以上、高校で3割以上いた。

図1 社会での英語の必要性と生徒が英語を使うイメージ

図1 社会での英語の必要性と生徒が英語を使うイメージ

 ※上記画像をクリックすると拡大します。


 図1でみたような生徒の将来の英語使用イメージは、何を目指して指導するのかということにつながり、指導観や信念とも関連するだろう。それでは、指導方法や活動内容にどのような影響を与えているのだろうか。

 表1をみると、中学校では、将来、生徒が「何らかの形で英語を使う」と考えている教員の方が、「英語を使うことはほとんどない」と考えている教員よりも、「即興で自分のことや気持ちや考えを英語で話す」活動をする割合が14.5ポイントも高く、その他にも「教師によるsmall talk」「ディクテーション」「スピーチ・プレゼンテーション」で差が大きい。一方、高校では、「何らかの形で英語を使う」と考えている教員の方が「長文読解問題」「初見の英語を読む」「即興で自分のことや気持ちや考えを英語で話す」「英語で教科書本文の要約を話す」「英語での会話(生徒同士)」「自分のことや気持ちや考えを英語で書く」など、英語の知識や技能の定着よりも実践的な英語コミュニケーション能力を育成するような指導方法や活動内容に比較的大きい差がみられた。

 つまり、生徒の将来の英語使用イメージを持っている教員ほど、より実践的な能力を育てる指導方法や活動内容を選んでいるのである。このことから、英語教員が生徒の将来の使用イメージを持っているかどうかということは非常に重要だといえるだろう。

表1 指導方法・活動内容(生徒の将来の英語使用イメージ別)

表1 指導方法・活動内容(生徒の将来の英語使用イメージ別)

 ※上記画像をクリックすると拡大します。

*「何らかの形で英語を使う」は、「日常生活で外国の人と英語を話すことがある」「いつもではないが仕事で英語を使うことがある」「仕事ではほとんどいつも英語を使う」と回答した人。
*ここでは、中学校の「何らかの形で英語を使う」の値が大きい順に並べている。

 さらに、実際にはどのような目標を持って指導しているのか、その目標が具体的に指導にどう影響しているのだろうか。ベネッセ教育総合研究所が実施した「英語教員に対する聞き取り調査」5(2014)から、インタビュー結果の一部を紹介する。この「聞き取り調査」は、子どもたちに高い英語コミュニケーション能力を育成している教員6名(中学校教員3名、高等学校教員3名)に対して実施したものである。

 「英語の授業を通して子どもたちにどのような力を育てたいですか」という質問に、ある地方都市の中学校のA先生は、以下のように答えてくれた。

「英語っていうのは、言葉だから使うことが大事。使う道具であるというようなことを感覚として持たせたい。なので、使えるようにさせたいんですよね。」

「英語というツールを使って人とつながってほしい、社会とつながってほしい」

「気持ちを伝えられるようになってほしい」

 A先生は、上記のような思いを背景に、授業では英語を使う「実際の場面」を強く意識され、場面や状況がよりリアルにわかるようなさまざまな教材を作っている。電話をする場面、ハンバーガー屋さんの場面など子どもたちが「実際の場面」を想定しやすくし、また、印象に残るようにということも意図しながら「小道具」を用意しているそうだ。さらに、「絶対これは無言で渡さないよね」とか、「おつりを間違えた設定にしてみよう」など、「実際の場面」でありそうな言葉を少しずつ足したりするという工夫をして子どもたちが英語を使う活動をされているようだ。

 また、「気持ちを伝える」ことの嬉しさや楽しさを体験できる活動も大切にされており、生徒同士がお互いを励ます手紙を書く活動や、将来の夢を書いてそれに対してそれぞれがコメントを書く活動などを取り入れている。「中学校で教えている英語はシンプル」だからこそ「いろいろ飾らずにストレートな表現になる」というA先生のお考えのもと、「気持ちを伝え合う」ことの大切さを指導されている。「気持ちを伝え合う」ことが、英語を使う嬉しさや楽しさにもなり、生徒たちにとって人とつながる大切さを感じられる経験にもなっているということが推察される。

 そして、A先生のインタビューで印象的だったのは以下の言葉である。

「中学校は、ここはゴールじゃない。子どもたちは社会に出るまでずっと一本道があって、その途中に私たちがいるだけ。」

「私たちが教えているのは一過程にちょっといるだけだから、先を見てちゃんと考えた指導をしないとダメ。子どもが困る。」

 これは、中学校と高等学校の先生が交代して指導するという県の制度により、A先生が高等学校で一年間指導された経験を通して感じられたことである。中学校の先にある高等学校での指導や、英語につまずいている高校生の様子を通して、中学校での英語教育について改めて捉え直す機会となったようだ。このような思いも含めて指導観や信念となり、それが子どもたちにどのような力を育てるかという目標につながっていくのであろう。短期的だけではなく、中長期的な視点を持って目標を考えられている。そして、その目標を実現するための指導方法・活動内容にしようと日々実践を重ねられているのである。

 これらのことから、何を目指して指導するのかという目標の持ち方が、指導に与える影響は大きいことがわかる。「審議のまとめ」でも指摘されているように、文法・語彙の定着までではなく、実際に使用するための英語コミュニケーション能力の育成が英語教育の目標であることを改めて共通認識とすることが重要であろう。その上で、英語コミュニケーション能力を育成する指導に必要なこととは何なのであろうか。

 そこで後編では、英語コミュニケーション能力を育成するために必要なことを、先ほど紹介した「英語教員に対する聞き取り調査」を通してさらに考えていきたい。


注2:「中高生の英語学習に関する実態調査2014」速報版
図2-2 「授業でしていること」

注3:「中高の英語指導に関する実態調査2015」ダイジェスト版
図1-1 「指導方法・活動内容(中学校)」、図1-2「指導方法・活動内容(高校)」

*本調査は、文部科学省「新学習指導要領に対応した授業実践事例映像資料」で英語による授業実践を行っている教員を対象に聞き取り調査を実施した。

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著者プロフィール

福本 優美子
ふくもと ゆみこ

ベネッセ教育総合研究所 研究員

英語教育領域を中心に、子どもや保護者、教員を対象とした調査研究を担当。最近は、量的研究だけでなく、質的研究にも携わっている。これまで担当した主な調査は、「中高の英語指導に関する実態調査2015」(2015年)、「中高生の英語学習に関する実態調査2014」(2014年)、「第1回中学校英語に関する基本調査(生徒調査)」(2009年)、「第1回中学校英語に関する基本調査(教員調査)」(2008年)、「第1回小学校英語に関する基本調査」(2006年)、など。

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